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妻の座

イスラム教徒は女性を虐待しているという誤解は多いようです。まず、四人まで妻帯が許されていること。しかし、全員に等しくする点と既婚妻たちの承諾が必要です。難しいと思えます。同意される女性は稀有でしょう。

女性には重婚が許されていないこと。これは、父親が区別できなくなるから女性には許されないという点で議論は平行線を辿るようです。

女性が多額の持参金を用意すること。これは離婚の担保だそうです。離婚の際に慰謝料として返金されるとか。

離婚は夫からしか申し出られないようです。三回、離縁すると言えば離婚成立。尚、復縁したいとなった場合、困難です。まず、女性は他の男性と結婚してからでないと復縁できません。その「他の男性との結婚」は、新しい夫からしか離婚請求出来ません。男性にしか、離婚請求が認められていません。新しい夫が離婚しないと復縁出来ません。

スカーフやら頭巾については、隠すべき場所を隠しなさいという曖昧な規制しかないので誤解を生じさせます。頭髪だって覆うべきだという考え方も出てきます。例えば、エジプトの女性はスカーフを被る時代から髪を靡かせる時代を経て、スカーフを被る時代に変化しています。ここ三十年の変化です。

実際、家庭内で妻の発言力は強いと聞きます。何処も同じなのだと思えます。

それにも関わらず様々な誤解を生むのは、イスラム教が個人的な信仰に基礎を置きながらも、社会が家父長制度にある点が様々な問題を引き起こしているという見方でしょうか。一族の女性は一族の男性が一族の名誉にかけて守るという考え方です。

極端な例ではアルカイダのような押し付けや、一族の男性が名誉を守ろうとする行為は、イスラム教徒には本来なら馴染まない、矛盾とも言い切れる、ものである点が理解されていないと思えます。

イスラム女性達がスカーフを被り徒党を組んで歩く様子は違和感を禁じ得ませんし、自分は異教徒を好色の目で見ながらも身内が性的視線に晒されることを拒絶する姿勢は矛盾を感じます。しかし、その異様さにも一定の理解は必要とされているかもしれません。世界15億人の信者達です。







参考文献:内藤正典 著 / イスラームから世界を見る ちくま新書

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湾岸戦争

1991年2月24日は、湾岸戦争の開始日です。米軍が配信する映像が飛び交いました。テレビゲームのような戦争でした。そのテレビゲームのように感じた事が非常に危険な感覚なのだと後年に気づきましたが、当時は気がつきませんでした。

ミサイルが着弾して死人がでない筈がありません。三日でクウェートは奪還され、サダム・フセインは軍を引き上げました。後々、米軍が乗り込んでくるとは思わなかったでしょう。

クウェートから車で逃れてくる難民の一人が窓から身を乗り出して、イラクが攻めてきた!誰か助けてくれ!と叫んでいました。自分の国でしょうにと思いました。冷たいですか?

しかし、中近東が欧米の喰い物にされているから見事に真っ直ぐな国境線があると感じました。

最も不幸だったのはパレスチナ難民だと思えます。パレスチナ難民の話を持ち出すと話が長くなるのでクウェート滞在のパレスチナ難民に話を区切ります。

イラク侵攻では置き去りにされ、湾岸戦争後は滞在査証の発効を制限されました。クウェートのアラブ人達はさっさと逃げて、帰ってきてから追い出すだなんてどうかと思います。



戦争で犠牲になるのは弱者だと感じます。






サウジアラビア

副題に変わりゆく石油王国とあります。保坂修司氏が岩波新書から出版されています。

興味深い点はサウジ家がワハーブ派というイスラム教の中でもより厳格な宗派を基盤としていることでしょう。シーア派やスンニ派は有名ですが、この宗派は初耳でした。

もっともとイスラム教は個人の中にある信仰を如何にして日常生活で実践するかを問う側面が強くサウジアラビアのように宗教警察が存在することに違和感を禁じ得ません。規範が厳しいということでしょうか。

その厳格なワッハーブ派の王族達は厳しい生活をしているのか?

別な本になりますが、ロンドンの高級ホテルに勤務されたホテルマンの回顧録では王族達がフロア全体を貸し切り、連日連夜の大騒ぎをし、躾のなっていないガキ共が廊下を走りまわる様子が書かれていました。金離れが良い上客だそうです。

更に話が脱線しますが、ラマダン(注1)であっても旅人は個人で戒律を判断してよいと一般的に解釈されます。辛い時期に旅に出てしまえばと考える輩もいるでしょう。

サウジアラビアは石油産出によって一気に高い所得を手に入れ宗教とテクノクラートを王族がバランスをとりながら施策を進めていると書かれていました。アラブという部族社会において(註1)、メッカという聖地の守護を担うサウジ家が一躍成り上がれました。

更に統計があてにならない話も出てきます。統計なんてOECD加盟国以外はアテにならないでしょう。(注2)

同書を読むうちに一つの疑問が沸きました。ベドウィン族は誰を指し、何処にいるのか?また、一つ疑問が増えました。

9.11テロの出撃基地になってしまった印象を拭う努力、教育や労働といった分野での問題も明快に解説されています。女性問題も然り。いずれの問題も統計が無い故に話はややこしくなります。

同書22頁には中東の王制が図式で示されています。この頁は必読です。肯ける点が凝縮されています。

サウジアラビアのみならず、中東地域全体を鳥瞰するには必読の一冊と思います。




注1)ラマダンは断食月と訳されます。日の出から日没まで飲食禁止。かなり厳しいです。昼間は禁煙です。但し、個人の信条に依る部分が多く一概には規定出来ないようです。オリンピックの最中でも自制するアスリート達は記憶に新しいと思われます。

注2)OECDは、Organization of Economic Corporation and Development です。経済協力開発機構と訳されます。実は加盟国でも統計が怪しい国はあります。

註1)2012年8月25日掲載のアラブのこころをご参照下さい。



関連URL:イスラムの怒り

関連URL:アラブのこころ





イスラムの怒り

内藤正典氏が集英社新書から刊行されています。

2006年のワールドカップで仏国のジネディーヌ・ジタン氏が伊国のマルコ・マラッツィ選手に頭突きした事件が書かれています。何を言われたか憶測が飛び交い、話題になったようです。筆者は親族の女性が侮辱されたのだろうと書いておりました。そして、母親ではないと。母親が侮辱されたら頭突き程度では済まされなかったと。

更に、仏政府は移民の成功者を生み出すという当初のもくろみが外され、彼の取り扱いに慎重になったそうです。

視点の面白さに、西欧では侮蔑言葉が日常的であることに対して、ムスリムは侮蔑言葉を口にする際には相当な覚悟が必要だと書いています。

以下、引用です。

ジハードを聖戦と訳することが多いが、これは誤訳といったほうがよい。もともとは、イスラム教徒(ムスリム)一人一人が、正しい信仰実践をする努力のことを指す。ムスリムを守ること、ムスリムの共同体(家族はその根幹)を守ることにも、最大限の努力が払われる。だから、ムスリムが生命にかえても守らなければいけないと信じているものが、汚されたり、傷つけられたりすると努力(ジハード)は傷つけた相手に対する暴力となって表れることがある。

うーん、誤解していました。ジハードの意味は努力という感覚で捉えないと間違えるようです。イラク戦争であれだけの市民を殺したとなると家族(即ち、最も守らなければならないもの)を失った者が過激派に洗脳・扇動される危険は増大すると考えられます。

以下、引用です。

ブッシュ政権のアメリカは、「テロとの戦い」に失敗した。テロとの戦いに勝てないというのではない。テロリズムと戦うことが世界共通の課題であることはいうまでもない。しかし、アメリカはやり方を完全に間違えた。<中略>第一に、アメリカは、ムスリム自身が「イスラム原理主義」という言葉を理解していないことに気づかなかった。イスラム原理主義者、イスラム原理主義組織というのが、誰とどんな組織を指すのか、ムスリム自身には分からなかったのである。イスラム原理主義というのは、アメリカがつくりだした用語だった。<中略>第二に、アメリカが打倒したイラクのフセイン政権は、イスラム原理主義となんの関係もなかった。<中略>だから、九・一一のテロを起こした犯人たちとフセインを結びつけるというのは、最初からありえない話だった。アメリカは戦うべき「敵」を間違えた。<中略>アメリカは、「ほら、やっぱりアル・カイーダがいたじゃないか」と戦争の正当性に結びつけようとしたが、アル・カイーダ一派は、戦争後にイラクに入ってきたのであって、フセイン政権の時代にはいなかった。<中略>第三の失敗は、ムスリムを相手に、大規模な「戦争」という手段で「テロとの戦い」をしたことが、かえってムスリムの怒りを増幅させたことにある。<中略>ムスリムの「非戦闘員」の観念と、私たち非イスラム教徒の「非戦闘員」の観念は違う。そのことを、アメリカを含めて非ムスリムの側は知らなかった。日本も含めて、欧米諸国では、軍人を戦闘員として、その他の一般市民を非戦闘員と扱う。しかしイスラムでは、戦時において基本的に成人男子はみな戦闘員になる。一方、子ども、女性、高齢者は非戦闘員とされる。<中略>だが結果としてイスラムで非戦闘員とされる女性や子どもを、数多く殺害した。幼い子どもの死体を抱えて悲嘆に暮れる親の姿に、世界じゅうのムスリムは瞬時に激怒した。それが、いまもって世界がテロの脅威と直面している原因である。

随分と引用が長くなりました。端折れるだけ端折りましたが。

なかなか難しい問題だと考えさせられます。

たしかに、イラク駐留の米国海兵隊が強制的に見せ物として夫婦生活をさせたり(帰宅後に妻は殺されたと記憶しています。うろ覚えです。)、捕虜(厳密には取調中の容疑者)に男性のアレをしゃぶらせたり、多くの辱めをしました。コーランを便所に棄てるなど論外です。



憎しみの連鎖が止まることを知らないのは不幸なことです。






アラブのこころ

曾野綾子氏が書きました。集英社文庫から出版されています。カソリックが曽根綾子氏で、プロテスタントが三浦綾子氏です。両者ともに著名です。

曾野綾子氏の「太郎物語」は一読の価値があります。三浦綾子氏なら、「氷点」でしょうか。

女性によるアラブ世界の本は片倉もとこ氏しか知りませんでしたが、カソリック信者である曾野綾子氏がアラブ諸国を女性二人で旅行され、アラブ世界について書かれていることに興味を持ち、読んでみました。

曾野綾子氏と友人の中東紀行は、1975年8月末のリビアから始まりました。同年9月1日にリビアは政変が起きました。カダフィ大佐が登場しました。最近、殺されちゃいましたけど。

1973年10月に第四次中東戦争(註1)が起きていますから、僅か2年後の旅となります。よくもまあ、そんな時期に各国を取材されたと思いました。リビア、レバノン、シリア、サウジアラビア、エジプト等と数カ国に渡り、4週間の旅行をされています。

アラブ世界と言えば、イスラム教でしょうか。そのイスラム教がスンニー派9割とシーア派1割で構成されていると書かれていました。あるアラブ人の友人は、イスラム教は一つだと言い張っておりましたが。恐らく、その友人の説が間違っているでしょう。彼がスンニー派かシーア派かは分かりませんが、自分の方が正しいと信じているのはたしかでしょう。だから、イラクで問題が起きたりします。

レバノンは仏国が長く統治した結果として、賄賂が横行するようになったという話もありました。仏国が統治したからなのでしょうか。背景は釈然としません。(南ベトナム政府は腐敗しきっていましたが、あれも仏国が宗主国だったかでしょうか?何か曖昧さが残ります。)中東のパリと呼ばれた首都ベイルートは金融都市として栄えていましたが、内戦で滅茶苦茶になりました。

以下、引用です。

譲り合うのがいい、と日本人が考えることは自由である。しかしこの地球上の恐らく大多数の人間は、譲り合うことになぞいささかの意義も認めていない、ということもはっきりと確認すべきなのである。

アラブ世界を語る上では、なるほどと思います。共感もできます。もっとも、欧米も似たようなものです。米国はグローバルスタンダードを売り込み、欧州は巧みなルール変更で優勢を保とうとします。これはF1レースや競泳水着に関する規定の変更を鑑みれば一目瞭然です。中国も然りです。

それでも尚、個人的見解ですが、人は譲り合うべきだと考えております。日本人としての矜持です。

この本は、1976年4月に刊行されております。よって、晩餐会でゲロを吐いた方のブッシュ(父)がクウェートに侵攻した事も、ゲロは吐いてない方のブッシュ(息子)がイラクに侵攻した事も起きていない時代の話です。

しかし、同書は、アラブ世界の人々を丹念に取材して描いたという点で、強烈な印象を残しました。同書に描かれたアラブ世界の気質は今も変わっていないように感じます。

それにも関わらず、自分の持つアラブ世界への理解は同書によって崩壊したような印象が残りました。イメージしてきたアラブ世界観の大部分が削ぎ落とされた感覚とでも言いましょうか。うまく表現しきれません。

ただ、アラブ世界は部族社会なのだという理解は裏付けられたと思いました。故に、アラブの統一は不可能ではないのかと思いました。失敗した事例は数多くあります。



中東に興味をお持ちの方には、お薦めの一冊です。





註1)高橋和夫 著 / アラブとイスラエル 講談社現代新書 第7刷


関連URL:ヨーロッパとイスラーム






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