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綴り方教室8

第8作目のUPを開始致します。コメントを頂けるようであれば、この記事へよろしくお願いします。上下の二部にて構成される作り話です。

今回は試みとして、人物の細かい描写を敢えて避けてみました。行為に焦点を置くことで読まれる方が想像を膨らませやすくなるのではないかと考えたからです。果たして、試みはうまくいくのでしょうか。物語としては何か欠落した感じが拭えないのが自分自身の感想です。

いずれは書き直しが必要かと思いながらも、アップさせていただきます。



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オス犬になりたい <上>



お姉様と知り合ったのは冬のことでした。それまでの僕は自分が主宰するブログにクンニへの情熱をしたため続けていました。そんなある日、秘密のコメントがブログに届き、お姉様とメールのやりとりが始まりました。やがて、お姉様は多頭飼いしているオス犬の群れに加わらないかと話しをもちかけてきました。その話をお姉様がされたのは初めてお会いした日でした。お姉様の提案された内容に驚きましたが、お姉様にお会いして一気に惹かれていった自分の気持ちと多頭飼いされるオス犬の一匹に過ぎないことの意味を考えながら、帰路についたのを覚えています。多頭飼いされることへの抵抗感はかなり感じていたのが正直な気持ちでした。しかし、お姉様に飼ってもらう誘惑には勝てませんでした。結果としては、僕もお姉様の飼われているオス犬の群れに加わることになりました。そして、何度かの調教をお姉様から受けることになりました。


その日もお姉様の呼び出しを受け、待ち合わせました。二人でラブホテルにチェックインし、急いでシャワーを浴びた後にお姉様の前に僕は跪いて挨拶の口上を述べました。

「お姉様に本日も調教いただけることを嬉しく思います」
深々とお辞儀をしました。お姉様は黙ったまま、僕が床に擦り付けた頭に爪先をのせました。そして、ぐいっと僕の後頭部を踏みつけました。僕は先にシャワーを済ませ、ビキニだけを穿いた格好で土下座して頭を踏まれていました。

僕の後頭部を撫で回したお姉様の爪先が僕の左右の頬を軽く蹴った。若干、頭を床からあげるとナイロンに包まれた爪先が頭を押し上げました。

「こういうのも好きよね?」
いきなりお姉様は右足の裏で僕にビンタを喰らわせました。続いて、左足の裏のビンタも飛んできました。不思議な感覚に僕は支配されてしまいまし。スイッチが入ったと言ってもいいかもしれません。もっと叩かれたいという不思議な感覚に支配されてしまいました。

「どうなの?黙っていたら分らないわ」
お姉様は両方の爪先で僕の顔中を撫で回してくれました。そう、撫で回してくれたのでした。嬉しいという感情に僕は覆われたように思えました。視線の先にはお姉様のまくれ上ったスカートの奥が見え隠れしました。黒いパンティストッキングを穿いた股間に白い布地が微かに見えました。

「ありがとうございます。お姉様にも喜んで頂き度、存じます」

「後ろ手について、オチンチンを調べてあげる」
「お調べ下さい」
僕は後ろ手に体を支えるようにM字開脚をした。
「剃毛は済んでいるかしら?」
「はい。言いつけを頂いてからは毎日抜いて手入れしております」
「相変わらず小さいわね。こういう小さいのはオチンチンって呼ぶのよ」
お姉様の爪先がビキニに覆われたオチンチンをなぞりました。ショッキングピンク色をした白いスーパービキニを穿いて勃起していましたが、オチンチンは小さく短くはみ出ることはありませんでした。

「先っぽに滴なんか浮かべて、いやらしいわね」
右の爪先がビキニを押し込むようにオチンチンを擦りました。我慢汁がついたであろう爪先をお姉様は僕の口元に運びました。
「お舐め」
無言で僕はお姉様のパンストに包まれた爪先をしゃぶりました。ナイロン越しに指の一本一本を確かめるように舐めあげました。数十秒にわたってお姉様の足の指をしゃぶっていたように思えました。ひとしきり爪先への奉仕が終わると、お姉様はベッドに腰掛けました。

「こちらにいらっしゃい。乳首を弄ってあげる」
両膝でにじりより、僕はお姉様に近づきました。お姉様は僕の両腿に脚を乗せ、僕の両乳首を指先で軽く弾きました。紅いマニュキュアで彩られた爪が乳首が肌に食い込みましたが、嗚咽を堪えました。

「痛いの?気持ちいいの?」
意地悪そうにお姉様は微笑みました。もっと痛くしてあげると言いたげな微笑みでした。僕は縦にかぶりを振り続けました。お姉様の指先が乳首を引っ張りあげる度に僕は身じろぎそうになりました。そして、両方の乳首を責められながら喘ぎ、喘ぐ僕の口腔にむかってお姉様は唾液を何度も垂らしてくれました。糸を引いて落ちてくるお姉様の唾液を大量に飲みながら悦びにむせ返していました。

ビキニの中で勃起したオチンチンは大きな浸みをひろげていましたが、まだまだ脱ぐことは許されていませんでした。なおかつ、オチンチンに触れることも許されていませんでした。お姉様の射精管理により、十日間も発射していなかったので射精の欲求を堪えるのが大変でした。

「一人だけでよがっているのね。今度は仰向けになりなさい」
お姉様の命令に従い、正座した姿勢から両手を胴に添えてまっすぐ仰向けに寝ました。スカートをたくし上げたお姉様が僕の顔を跨ってきました。白いスタンダードなタイプのパンティが黒いパンティストッキング越しに見えました。しかし、すぐに僕の口と鼻はお姉様の股間で塞がれ、視界も閉じられてしまいました。

お姉様は僕の顔にゆっくりと体重をかけてくださいました。そして、前後に腰を揺すりました。蒸れた股間の匂いを嗅ぎながら息苦しさを感じていました。
「苦しいのかしら?厭ならやめてあげるわよ」
お姉様の意地悪な言葉に声にならない声を上げ、続けて欲しいと訴えました。その息苦しさは不愉快なものではありませんでした。僕の顔に数回立て続けに股間を擦り付けては、お姉様は呼吸のタイミングを与えてくれました。

はあはあと息をつく僕を見下ろしたお姉様はしっかりしなさいと言いながら、左右の頬にビンタを食らわせました。再びお姉様が体重をかけて顔面騎乗をし、僕の顔に股間を強く擦り付けました。お姉様が股間を擦りつける三度目あたりからは、お姉様自身の喘ぎ声が漏れてまいりました。

「あっ、ああっ、あうう」
やがて、お姉様の股間の揺れも吐息の乱れも激しくなってきました。クリトリスを鼻先に押しつけるかの如く、腰を使われていました。やがて、小さな声で、
「い、いく」
と呟くような喘ぎ声をあげてお姉様は突っ伏しました。



やがて、よろよろと立ち上がったお姉様はスカートのホックをはずし、パンストとパンティを一気に脱ぎました。僕は急いでお姉様の背後に回り、上着を脱ぐお手伝いをしました。淡い青色のストライプの入ったブラウスを受け取ってから、上着とともにハンガーへかけました。勿論、スカートも拾い上げて皺にならないようにハンガーへかけました。必ず先に僕が脱ぐこと、お姉様の脱衣後に衣服を片付けることも習慣となっていました。

白色のキャミソールとブラを外したお姉様はわざと僕の手の届かない場所に脱いだ下着を放り投げました。僕は屈みこんで拾い上げてたたみました。今度は、お姉様はパンティストッキングとパンティを逆な方向へ放り投げました。これも、屈みこんで丁寧に拾いあげました。顔を埋めて匂いを嗅ぎたくなるようなパンティストッキングとパンティの塊でした。下着を拾ってまわる僕の様子をみては、お姉様はその様子が無様だと笑われました。

「勝手に匂いを嗅いではダメよ」
お姉様は笑いながら、鞄の中からガラス製の浣腸器を出されました。最大で二リットルの浣腸が出来る浣腸器は大きな注射器のようでした。浣腸器の先で僕のオチンチンはつつかれました。

「さあ、浴室に行きましょう」
お姉様に付き従って浴室に入りました。お姉様は全裸ですが、僕は未だにビキニを穿いたままでした。お姉様は手早く浣腸の用意をされました。500mlの石鹸水を浣腸器に注入すると、僕に四つん這いになるように指示しました。

四つん這いになった僕の背後にお姉様はまわると、ビキニを半分ほど引き降ろし、一気に浣腸器を僕のアナルにあてがうと押し込んできました。冷たい液体が注入される間、僕は呻き声を漏らしてしまいました。

「やあねえ、浣腸で感じているだなんで」
お姉様は浣腸器をぐりぐりと動かし、僕のアナルを刺激した後に浣腸器を抜き取りました。そして、ビキニを元通りにしてくれました。四つん這いのまま、シャワー口の前まで僕は歩きました。そして、
「ご用意ができました」
お姉様に告げると、四つん這いになった僕の背にお姉様は腰をおろして座りました。そして、お姉様は体を洗い始めました。時折、意地悪くシャワーを僕の顔にかけて遊んでくれました。

お姉様が体を洗っている最中に僕のお腹は痛みに覆われました。排便の苦痛に呻き声が漏れました。しかし、お姉様は素知らぬ振りをしてご自身の体を洗い続けるばかりでした。それどころか、わざと腰を揺すったり、僕のお尻を叩いたりしました。

「おもらしなんかするんじゃないわよ。我慢なさい」
お腹を押さえたくなるような痛みに堪えながらも腕はガクガクと揺れ始めました。ううっと呻く度に、少量の液体がアナルから漏れ出るのが自覚できました。粗相をしていることへの羞恥で膝もガクガクとしてきました。お姉様の体を支えきる自信が失せていきました。

「ちゃんとしていないと椅子にならないわ」
「は、はい」
お姉様はお尻を何度も叩かれました。バシーンという音が浴室にこだましました。
「わかっているのかしら?」
「は、はい」
「ほら、ほら」
思わず腕がよろけて肘をついてしまいました。態勢が崩れることはお姉様は百も承知ですから既に立ち上がっていました。

「だめねえ、仰向けになりなさい。ほら」
シャワーの飛沫を僕にかけながらお姉様は僕の顔を踏みつけました。床に後頭部が押付けられました。シャワーと足の責めが交互に繰り返されました。
「オチンチンは萎えちゃったのかしら」
シャワーの温度を水に変えてお腹から股間にお姉様は水を浴びせました。腹痛はいよいよ耐えがたいものになります。腹痛のせいで勃起どころではありませんでした。
「もう限界です。許してください」
僕は涙声になりながらトイレの許可を願いでました。
「嫌よ、まだ我慢なさい」
お姉様は水を浴びせながら僕のお腹を踏みつけました。同時に、我慢の限度をこえた僕は脱糞してしまいました。水の冷たさを感じながらビキニの中に生暖かいものを感じました。

「臭いわね」
「申し訳ございません」
「我慢するように命じたわよね」
「申し訳ございませんでした」
粗相を叱れて僕は恐縮しきっていました。
「わたしの命令なんて関係ないのね」
「そんなことはございません」
「じゃあ、なんで我慢しないの?」
「げ、限界でした」
必死の抗弁をしてお姉様のご機嫌をとりなそうとしていました。
「誰が限界なんて言ったの?わたし、間違っているのかしら?」
「そんなことはございません」
「誰が正しいの?」
お姉様は僕の目を覗き込むように尋ねました。
「お姉様です」
「本当にそう思っているのかしら?」
お姉様は意地の悪そうな微笑を浮かべていました。
「本当です。信じてください」
「じゃあ、なんで我慢しないの?」
「僕が拙いからです」
「誰が正しいのか言って御覧なさい」
強い調子でお姉様が尋ねました。
「お姉様です」
にんまりと微笑んだお姉様はシャワーを僕に手渡し、湯船に浸かりました。僕が片付けを終える頃、お姉様はお湯から上りました。黙って浴室の戸口に立ったお姉様の体を絞ったタオルで拭き、続いてバスタオルで拭きました。背後からバスタオルをまわして胸元でとめるとお姉様は黙ったまま、浴室から出て行かれました。



水を浴びた冷たさで完全に包皮に隠れた無毛のオチンチンを両手で隠しながら浴室を出ると、ベッドの上ではバスタオル一枚の格好でお姉様が雑誌を読んでいました。

「早く舐めて」
雑誌から目を離さずにお姉様が言いました。
「かしこました」
そそくさとベッドにあがり、お姉様の股間に顔を埋めました。お姉様のオマンコを舐め始めると同時に背中には、バシーンと鞭が飛びました。

激痛を背中に感じる度にぺろりとお姉様のオマンコを舐めあげました。何度も何度も鞭が唸りました。鞭にあわせて、舌の根元から舌先までの部分を使ってオマンコを丁寧に舐めあげました。お姉様の繁った割れ目に舌を差し込んでゆっくりと舐め上げていきました。

「その調子よ。しっかり舐めなさい」
お姉様は声をかけながら僕の背中に鞭をあて続けました。徐々に鞭打ちのペースが速まってきます。僕は鞭にあわせて舌使いを変えていきました。

「さあ、しっかり舐めるのよ。もっと舌を根元まで使いなさい」
更に鞭の強弱にあわせて、舌使いもかえていきます。お姉様も興奮されていたのか、腰を上下に揺すり始めました。お姉様の膣口からはとめどなくオマンコ汁が流れでていました。膣口はヒクヒクと軽く痙攣していたのではないかと思いました。やがて、鞭うちの呼吸が乱れ始めました。しかし、舌使いは同じペースでした。お姉様のクリトリスの根元から皮の剥けた頂点目指して舌全体を押付けるように舐めあげ続けました。

バシーンとひときわ強い鞭を受けた後は、早めに、かつ、軽やかにお姉様のオマンコ全体を下から上へむかってリズムよく舐め続けました。あううっという声をあげながら、お姉様が最初のオーガズムを迎えるとき、舌の動きは緩慢にしました。

「ああっ、まだ続けなさい。まだよ」
リズムの乱れた鞭が何度も背中に振り下ろされました。軽くつつくようにお姉様のクリトリスを舐める度に何度もお姉様は体を弓なりに反らせて達してくれました。そして、うねりに身を委ねていたお姉様の呼吸が整った頃合を見計らい、再び舌を動かしました。小さなオーガズムを何度もお姉様が楽しまれた後、
「もう離れて」
とクンニを止めるように指示を受けました。

最初のクンニが終わり、お姉様と共に浴室に入りました。お姉様の指示を受ける前に浴室のタイルの上に仰向けに寝ます。そして、お姉様はオマンコをぴたりと僕の口にあてがうようにしゃがみこみました。すぐにお姉様の放尿が始まりました。一滴もこぼさぬようにごくごくを飲んでいきます。匂いがきつめの尿が最後の一滴まで出された後、オマンコに吸い付くようにして尿を絞りとり、舐めあげました。

お姉様は立ち上がるとシャワーのコックをひねり、冷水を僕の顔に振り掛けました。水の冷たさに凍えながら体をがちがちにして僕は堪えました。体が冷え、無毛のオチンチンは完璧に縮こまっていました。その縮まったオチンチンにもお姉様は面白がって水を浴びせました。
「役立たずね、これ」
笑いながらお姉様は水をかけ遊ばれました。ひとしきり冷水責めが終わるとお姉様は入浴されました。しかし、僕は浴槽の脇に正座してがちがちに震えながらお姉様がゆったりと入浴されるのを待つばかりでした。一緒に入浴することは許されませんでした。

「さあ、もう一度頑張ってもらうわよ」
浴槽を出たお姉様の体をタオルで拭き、バスタオルを撒きつけました。そそくさと僕も自分の体を拭いて浴室をでました。

再びベッドに大の字に仰向けに寝たお姉様の股間ににじりよりました。お姉様は既に右手に鞭を持っていました。手始めにお姉様は右足の裏でビンタを食らわすと
「はじめなさい」
と言いながら鞭を僕の背中に打ち付けました。先ほどと同じように鞭にあわせてオマンコを舐めあげました。リズムを合わせ、強弱もあわせました。今度は短時間でお姉様は大きなオーガズムを迎えました。ぜえぜえと肩で息をしながらもお姉様は散発的に鞭を背中に与えました。

僕は背中の感覚を殆ど失ってしまったのではないかと思えるくらいに鈍痛に合わせて舌を動かし続けました。やがて、舐めあげてもお姉様の反応がやむ時がやってきました。こうして、二度目のクンニ奉仕が終わりを迎えました。


暫く無言のままでまどろんだお姉様は、
「今日はこれでいいわ。お仕舞いよ」
と言い、起き上がると浴室に入っていきました。最後のシャワーはお姉様が一人で浴びることになっています。その日、僕は射精を許されないままに帰されることになりました。


「次回は他のオス犬と一緒に調教してあげるわね」
浴室から出てきたお姉様が自分で体を拭きながら言いました。覚悟していたとはいえ、いつかは言い渡されるであろう言葉でした。
「どうするの?嫌ならいいのよ。今日が最後にしてあげる」
お姉様は着替えのパンティとパンストを身につけながらいいました。何も言えず、呆然としているとお姉様はオチンチンを握ってくれました。
「来週にたっぷり出させてあげるわよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
思わず、同時調教を受け入れてしまいました。


オス犬になりたい <下>



一週間の間、同性と同時に調教されることを考えていました。出来ることなら、お姉様と二人きりの場で調教されたいと願っていましたが最初からお姉様は多頭飼いを明言されていたし、いずれは同時調教もありえるとは心のどこかで不安に感じていました。射精させてもらうには従うしかないと自分を偽って言い聞かせるかのように過ごしました。本当は期待していたかもしれません。しかし、変わってしまう自分を直視するのが怖いだけだったとも今では思えます。

同時調教の日は普段とは違うターミナル駅での待ち合わせでした。指定された喫茶店で待っていると、お姉様が一人の青年を連れて入店してきました。
「ちゃんと来たわね」
着席したお姉様は小声で楽しそうに僕に囁いてくれました。お姉様が連れてきた青年とも挨拶を交わしました。お姉様が対面にすわり、僕たちが並んで座りました。僕と同じくらいの背格好の青年でした。
「この子、童貞ちゃんなのよ」
お姉様がくすくすと笑いながら僕に小声で話しかけました。隣の青年は真っ赤な顔になり、うつむいていました。僕も急速に心臓がドキドキしてきました。一緒に、彼とお姉様に調教されることが本当の話になるのだと実感した瞬間でした。


三人で入れるラブホテルにチャックインすると、お姉様はソファに脚を組んで座りました。
「早く脱ぎなさい」
お姉様の声にそくされて、意をけっして脱ぎ始めました。彼も僕と同じように体毛の手入れをしているようで、脚はツルツルに手入れされていました。僕も彼もビキニ姿になると股間を膨らませていました。勃起していてもオチンチンがはみでていないのは同じでした。
「下も脱ぎなさい」
普段とは違う命令に戸惑いながら、おずおずとビキニを脱ぎました。ちらりと脇をみると、彼も無毛の股間だったので安心しました。勃起したオチンチンは僕と同じくらいの小さなオチンチンでした。しかも勃起しているものの亀頭は皮に包まれていました。僕のオチンチンは半分は皮剥けになっていました。

「揃いも揃って、小さいわね」
お姉様が笑いました。僕たちは股間を隠すことは許されずに並んで立たされました。お姉様は僕たちの正面に立ち、僕たちの乳首を弄り始めました。僕も隣の青年も吐息をもらして身もだえしました。勃起したオチンチンは我慢汁が溢れていました。もう隣に初対面の青年がいることは頭の中にはありませんでした。
「さあ、互いに向き合いなさい」
お姉様の命令でオス犬同士で向かい合わせになりました。その青年も小さなオチンチンを勃起させ鈴口には滴を浮かばせていました。
「お互いの乳首を弄りあいなさい」
お姉様は僕たちのお尻を其々に叩き、急かしました。おずおずと互いに乳首を弄りあい始めました。不思議なことに同性に乳首を弄られても感じてしまいました。その青年も同じだったようで、鈴口の滴はますます溢れてきていました。

「お前たちはとんでないね。犬同士で感じあっていたわ」
お姉様は取り出した鞭で僕たちの背中を交互に打ちました。バシーン、バシーンと鞭の音が部屋に響きました。鞭にあわせて其々のオス犬が鳴き声を上げました。しかし、互いに乳首の弄りあいがやむことはありませんでした。
「犬同士でキスしてみなさい」
冷酷な命令がお姉様から下されました。初めての体験でしたが嫌悪感はありませんでした。目を瞑り、オス犬同士で唇を合わせました。
「舌も絡め合わせるのよ」
お姉様は鞭と共に新たな命令を与えてくれました。
意を決して、舌を突き出しました。男同士でのキスをお姉様に披露しなければいけないという気持ちに僕はなっていました。お姉様がオス犬同士の交わりを望んでいるのなら、それを立派に披露してみせなければならないと思ったのでした。

徐々に僕たちの体は近づいてオチンチン同士が触れあい始めました。射精を長いこと禁じられており、敏感になっておりました。その青年も同様だったと思いました。小さなオチンチン同士が触れ合い、互いの我慢汁で滑り、腹部に相手の勃起を感じました。

「小さいオチンチン同士をくっつけて感じているのね。いやらしいオス犬だわ」
ひときわ強い鞭が交互に与えられました。痛みに押し出されるかのように僕たちは舌を絡めるキスを途切れさすことなく強く抱き合いました。その時間は決して短い時間ではありませんでした。

「感じあうのはそこでよ。離れなさい。シャワーも浴びずに抱き合って悦ぶだなんて」
お姉様の指摘に僕たちは赤面してしまいました。オス犬同士なのに勃起してキスしながら抱き合っていたからです。舌はお姉様に悦んでもらう道具でした。しかし、我を忘れて感じあっていたのでした。

お姉様はてきぱきと脱衣を始めた時、我にかえって僕たちはお姉様の衣服をハンガーへかけたり、下着をたたんだりとお世話をしました。お姉様の後について浴室に入り、僕は椅子の格好をしようとしましたが、お姉様は自ら備え付けの椅子に座りました。僕が右側を、その青年が左側を洗わせてもらいました。お姉様は体を洗わせてもらう僕たちの頭を掴んで無理矢理やりにキスショーをさせたり、僕たちを並べて正座させて両足でオチンチンを弄りまわしたりと途中途中でお遊びをしてくれました。

お姉様が湯船にゆっくり浸かる間は、僕たちは後手に体を支えて股間をひろげ、互いに舌を絡め合わせて見せるように言い付かりました。僕たちはオチンチンを勃起させたままキスで感じあっていました。時折、お姉様は立ち上がってシャワーの冷水をかけては、いやらしいオス犬たちに盛りがついたと笑われました。

一旦、全裸のまま濡れた体で浴室をでたお姉様は浣腸器をもって戻ってこられました。洗面器に注いだお湯を吸い上げ、僕たちに並んで四つん這いになるように命じられました。1リットルもの浣腸でした。僕から最初に浣腸を受けました。液体が注入されてくるうちに圧迫感がましてきました。続いて、その青年が浣腸を施されました。彼は慣れていないのか、すぐに呻き声をあげ始めました。

「さあ、お姉様のためにも頑張ろう」
不思議な連帯感からなのか、僕はその青年を励まし、呻き声の漏れる口を唇で覆い、舌を強く差し込みました。彼は呻きながらも一生懸命に僕の舌に吸い付き、我慢を重ねました。

「オス達は励ましあってしっかり我慢しない」
お姉様の平手で僕たちのお尻を叩きました。お姉様が僕たちのお尻を交互に叩く度に大きな音が浴室に響きました。
「も、もう限界です」
その青年は我慢の限界をつげると、あっあっと一段と高い呻き声をあげ始めました。
「我慢の足りないオス犬だこと。いいわ、ちんぐり返しの格好になりなさい」
僕たちは並んでちんぐり返しの格好になりました。数秒後、僕たちはお尻から注入された浣腸液を殆ど同時に発射しました。お姉様の笑い声とブリブリという炸裂音が浴室にこだましました。



排泄の片付けを終えた僕たちはソファにバスタオル一枚の姿で脚を組んで腰掛けたお姉様の前に正座しました。深々と頭をさげて、
「浣腸をありがとうございました」
と挨拶をしました。お姉様は黙ったまま、組んでいた脚を解くと足の裏で僕たちを交互にビンタしました。

「今日はオス犬だけで楽しんでいるみたいだわね」
「そ、そんなことはございません。ご奉仕させて頂きたい一心です」
「どうかしらね。今だって二匹ならんで勃起させているじゃない」
「ご、誤解です。お姉様あってのわたし達です。誤解です」
「ふふん。そんなに二匹で盛りたいなら望み通りにさせてあげるわ」
ひやりとした汗が流れました。お姉様が何を僕たちにさせようとしているか分りませんでした。

「アナルセックスをさせてあげるから、10分間我慢できたらセックスをわたしが教えてあげるわ」
お姉様はその青年に向かって言いました。僕には何のことか分りませんでしたが、すぐに僕が青年のアナルに挿入するのだと分りました。お姉様はその青年を床に仰向けに寝て膝を抱えるように命じました。僕にはローションを手渡し、アナルへ塗るように命じました。僕は自分のアナルと青年のアナルにローションをたっぷりと塗りこみました。指にローションを垂らし、アナルへあてがって抜き差ししてローションをまぶしました。

最初は僕が挿入する番でした。思っていた程の抵抗感はなく青年のアナルに僕のオチンチンは吸い込まれました。
「小さいオチンチンだと抵抗が少ないわね」
お姉様は結合部分を覗き込みながら笑いました。ゆっくり腰を使うように命じられました。何度か出し入れをしていると僕も射精の欲求にかられてきました。青年のオチンチンも勃起したまま痙攣していました。あんあんと呻き声を彼はあげていました。もし、彼のオチンチンを摘んで刺激を加えたら射精してしまったかもしれませんでした。

「今度は交代よ。上に載ってあげなさい」
僕はオチンチンをゆっくり引き抜き、今度は青年に跨って彼のオチンチンを摘んで自分のアナルへあてがいました。彼は苦しそうな表情をしていました。必死に射精に抗おうとしていたのだと思いました。彼のオチンチンは小さいこともあり、さほどの痛みもなく挿入できました。騎乗位の格好で腰を振りました。すぐに僕は物足りない感覚に陥りました。小さいオチンチンでは感じ方が今ひとつたりませんでした。

「さあ、抜いて。今度は互いにディルドを挿入するのよ」
僕たちはM字開脚し、腰をつきだしあう格好になりました。双頭ディルドが其々のアナルにあてがわれました。今度は大きなディルドで容易に挿入できる代物ではありませんでした。ゆっくりと腰をつきだしながらディルドをアナルに沈めていきました。彼もかなりきつい様子でした。とうとう最後までディルドが挿入しきった時、大きな溜息が僕たちからもれ出ました。ディルドは大きくすぐには身動きできないような圧迫感がありました。

「お互いに腰を押し合いなさい」
お姉様の命令を受けて、ゆっくりと僕たちは腰を使い始めました。動く度に僕たちは吐息を漏らしました。彼も感じていたのだと思いました。お姉様は僕たちのオチンチンを摘むと二本を互いに擦り合わせ始めました。オス犬同士がアナルでつながり、オチンチンを擦り合わせられる快感は凄まじいものでした。まるで稲妻が脳内で光ったような感覚を受け、僕は射精してしまいました。股間をみると、彼も射精していました。どろどろにお姉様の指を汚してしまいました。

「汚いわね。射精して」
お姉様は指を彼の顔に擦りつけていました。
「後始末しなきゃいけないわね。シックスナインで精液を舐めあいなさい」
冷酷なお姉様の命令により、僕が上になるシックスナインの姿で互いに射精後の萎んだ包茎オチンチンを舐めあいました。精液を口にするのは初めてのことでした。苦い味だと思いながらも、お姉様に服従の姿勢を見て欲しい気持ちで一杯でした。互いにオチンチンを舐めあっているうちに僕たちは再び勃起してしまいました。それを見たお姉様はオス犬同士で充分なのねと大笑いされました。

「四つん這いになって、お尻を向かい合わせにしない」
僕たちが互いにお尻をあわせ、それぞれがディルドの端を持ってアナルに挿入していきました。一旦、挿入した後とはいえども大きなディルドをアナルに飲み込むのには時間を要しました。ゆっくり息を吐きながら互いのお尻同士がくっつくまで奥深くディルドを挿入させました。お姉様は僕たちにコンドームを装着させ、腰を振り合うように命じました。

「オチンチンが小さいからコンドームがたわんでいるわね」
僕たち二匹はお姉様に笑われながらも互いにお尻を打ち付け合いました。パシンパシンとお尻同士が軽くぶつかる音がしていました。そこへ、バシーンという激しい鞭の音が響きました。彼の悲鳴も同時にあがりました。続いて、僕の背中に鞭が振り下ろされました。ひいっと悲鳴をあげながらも、僕は腰を振り続けました。お姉様は交互に十数発の鞭を僕たちの背中に打ち下ろした後、僕たちをつなぐディルドをぐいと掴んで強く揺さぶりました。この刺激に堪えられなくなり、僕たちは吼えながら同時に射精をしてしまいました。

「垂れ下がったコンドームを外して互いに交換しなさい」
萎びたオチンチンにちょこんとぶら下がるコンドームを外す命令が意図していることがなんとなく想像できました。お姉様は交換したコンドームに溜った精液を飲むように言いつけました。

「これで、わたしのオス犬同士として仲良くなれそうね」
お姉様は満足げに放心状態で横たわる僕たちを見下ろして微笑みました。




地下鉄サリン事件前夜



1995年、つまりは14年前の出来事です。地下鉄で同時多発にてサリンを撒くテロの前夜が3月19日でした。14年前の3月19日に、どうしてあのような恐ろしい事件が起こされたと予想できたでしょうか。事件当日の被害者の一人はミニチと同じ年で身重の妻をかかえたサラリーマンでした。亡くなられた方々の無念と遺された家族たちの心の荊を思うと胸が痛くなります。

その事件の主犯である麻原の逮捕は焼く2ヵ月後の5月16日でした。そして、多くの犯人たちが死刑判決を受けました。(注1)


未だに逮捕されていない犯人達もいますし、名前を変えて生き延び続けている組織もあります。麻原のDNAは病的因子を抱えたまま取り巻きと供に日本に隠れ続けています。公安当局は監視の継続を決定しました。当然の話です。







注1)記事の予約投稿のタイミングでは、執行はまだされていません。また、高裁にて係争中の犯人も多い。何を今更と思うのですが。



参考文献
青木理 著/ 日本の公安警察 講談社新書 第1刷



ヒップハング



浅履きのジーンズやスラックスが増えたお蔭様をもちまして、女性が屈んだ瞬間にパンティを拝ませて頂く機会が増えました。ええ、心の中でご馳走様でしたと拝んでいます。

イメージぴったりのデカパンあり、Tバックらしき派手ショーツありで多彩です。可愛らしさではDHCに掲載されているようなものもございました。あまり、そそられませんでしたけど。

一度は、オシリの筋を拝ませて頂きました。お知り合いのオシリですから、見ているほうが気恥ずかしくバツの悪い思いをしました。



竹島の日



2005年3月16日に島根県議会は、竹島の日を制定条例案を可決しました。その後の韓国社会のヒステリックな反応はご存知の通りです。

そこまで自国領土だとおっしゃるのなら国際司法裁判所の調停に出てくればよいではありませんか。実効支配を続け、感情論に走り続ける様は、滑稽極まりないものです。



金融恐慌


1927年(昭和2年)3月15日から翌月20日前後にかけて震災手形の処理問題が引き金となり、昭和の金融恐慌が始まりました。取り付け騒ぎだのモラトリアムだのと大騒ぎがあり、2ヶ月程後の5月28日には中国の山東へ第一次出兵をついに行ってしまい、幣原外交が破綻しました。(註1)更には、翌年1928年4月には第二次山東出兵(要するに増派による費用拡大)、6月に満州軍閥の元締めであった張作霖を爆殺し、中国大陸での権益拡大から足を抜けない状況に陥りました。

追い討ちをかけるように、2年半後に1929年10月24日にはニューヨークウォール街での株大暴落式が始まり、一気に世界中を巻き込んだ世界恐慌に突入しました。日本も多大な影響を受け、農村の疲弊は悪化を辿ります。大まかに、2点が挙げられます。

まず初めは、生糸の生産調整による失業者の増大です。輸出が47%落ち込むとなれば、相当な失業者が繊維産業で生じます。大竹しのぶさんが主演した映画「ああ野麦峠」では過酷な就労が描かれていますが、まさに使うだけ使ってからの解雇が行われたと想像できるのではないでしょうか。帰農させれば良いという安易な考え方が政府にも企業にもあったように思えます。ここまで生糸生産が落ち込んだ影響は、米国市況の大幅な落ち込み(1932年の最悪時期で米国工業生産は44%ダウン、失業率は32%)と無関係ではありません。寧ろ、米国市場を失ったことが中国大陸への進出をおしはからせたようにも思えます。

中国大陸での穀物増産(注1)は国内米価を抑制する意図がありました。しかも、豊作予測がたつやいなや青田買いによる現金収入獲得を農家は余儀なくされます。運転資金としての現金が必要だったからこそ、余裕のない者から買い叩かれたと言えるでしょう。

当時の日本と現在の日本とを比較すれば、中間層の割合が格段に異なります。この中間層がどこまで困窮に堪えうるかが鍵を握るように思えます。具体的には、2009年夏のボーナス商戦で生じるであろう惨敗を特に自動車産業がどれだけ吸収しきれるかが鍵になります。更には、各業界での企業間の統廃合も進むのではないでしょうか。まずは、役所及び政府関連団体の役員・管理職の一律削減(注2)を行ってもらいたいものです。雇用は確保するが既得権は削減といった案が妥当でしょうか。





註1)英国からは中国への共同出兵を要請されていたが、幣原外交方針では深入りは中国人の反感を煽るのみで国益にならずと判断し、軍隊の派遣は控えていた。正しい判断だったと思われます。

注1)なんのことはない。生産効率を上げたのではなく、作付面積を増やしただけでした。農地の拡大と占領地拡大はワンセットでした。故に、中国大陸から足を抜けなくなりました。分岐点は幣原外交が破綻した山東出兵だったように思えてなりません。

注2)無条件に一律削減にしないと永久に実行不可能です。個別の事情を考えないのが定石です。




参考文献
遠山茂樹 今井清一 藤原彰 著/ 昭和史(新版) 岩波新書 第67刷




ホワイトデー



世間様では海老で鯛を釣ると言います。最小限の投資で最大限のリターンを狙うのがバレンタインデーなら、ホワイトデーはさしずめ手形の回収日でしょうか。

二十年ほど前のバブル期は凄い様相を呈していました。この不況では考えられないような売り手市場。アッシー、メッシー、キョンシーと色々いました。(注1)今や当時のアッシー君たちもシジュウを越えました。今では何をされているやら。







注1)キョンシーは違いますね。



恐慌前夜

吉川洋氏が英国の天才経済学者J.M.ケインズについて著した「ケインズ -時代と経済学」のP105-106からの引用です。

金本位制の呪縛に悩んだのはイギリスだけではない。一九一七年に金本位を離脱した日本も、戦争終結とともに金本位復帰を模索した。しかし貿易収支の赤字に関東大震災(一九二三年)の影響も加わり、旧平価(1ドル=2円)での金本位復帰(「金解禁」)は結局二〇年代を通して先送りされた。浜口内閣の井上準之助蔵相により一九三〇年一月遂に金本位に復帰した時には、折悪しくも前年十月、ニューヨーク株式市場の大暴落を機に世界経済は大恐慌への道を歩み始めた所であった。過大評価された為替レートは直ちに輸出産業を直撃し、日本経済も深刻な不況に陥った。とりわけ輸出総額の四割を占める生糸の受けた打撃はひどく、それが農村の窮状に拍車をかけた。都市では労働争議、農村では小作争議が頻発する中で、一九三一年十二月、犬養内閣は成立とともに即日金本位を離脱した。しかしこの不況を機に、軍部は大陸進出を加速化し、日本はファシズムと戦争の時代へ突入したのである。もし人々が金本位の神話から解き放たれていたならば、ひょっとしたら日本の歴史は違った道を辿っていたのかもしれない。


非常に興味深い話です。1930年1月に金本位制に戻しながらも、翌年12月には破綻したという話になります。同書はケインズと英国経済との関りを中心にかかれておりますので、日本についての記述は一例に過ぎません。英国同様に、日本でも金本位制は破綻(1917年)をきしており、変わることがなかった点が上記の箇所では中心線を描いております。

1930年に金本位制に執着を日本政府が見せたのは、為替の下げ止まりを狙った政策だったと思えます。金という世界共通の貴金属の保有高を担保にして、自国通貨の価値をたしかなものにしたかったのではないでしょうか。他国の支配下にはいることになるクロスレートには頼っていられなかったという意図が見え隠れしています。

著者の言う「人々が金本位の神話から解き放たれていたならば」という話は、別な問題に思えてなりません。産業構造そのものに問題があったと思えてなりません。寧ろ、政商も元老も自らの正しい姿を模索しなかったこと(注1)が軍部独走による大陸進出を誘発し、それを見過ごした時点でファシズムの道を突き進まざる得なくなったように思えます。





注1)人間が生まれた瞬間から死を併せ持つが如く、権力は掌握された時点から得た人間たちを腐らせるのでしょうか。難しい問いです。




参考文献
吉川洋 /著 ケインズ -時代と経済学 ちくま新書 第2刷






水に落ちた犬は打て



韓国のことわざです。水に落ちた犬がいたら打ち据えてしまえという意味です。昨今のネット中傷が韓国社会で過熱した社会問題になっている背景がなんとなく感じられることわざです。

ところで、日本では如何なものでしょうか?

武士道という精神文化の基では、水に落ちた犬は打てという発想は存在しえません。敗者が敗者であることを認めるなら、情けをかけるのが筋と考えます。しかし、武士道の精神文化に基づいて現代の日本社会全体が動いていないことは明白です。武士でもないのに、武士道なんぞ体現できるわけがありません。しいて言えば、大和魂と武士道の中間に位置するであろう「男気」がある人々(男女を問いません。)が存在するといったところでしょうか。しかし、日本社会を一般化して言い表すというには苦しいのではないでしょうか。

結論を言うならば、程度の問題はあれこそ、韓国社会同様に弱いものいじめを娯楽にする風潮が現代の日本にあるように思えます。テレビのワイドショーなり週刊誌では、落ち目になった「かつての時の人」が記事になります。貧乏に苦しんでいるほどに記事としての魅力が高まります。何故ならば、視聴者や読者が見たいのは惨めになった姿だからです。カミュの書いた「異邦人」にも、父親が公開処刑を見に出かける場面があります。落ちぶれた姿を見るだけに留まらず、見る現場に出かけたくなるという点がポイントでしょうか。その心情は下品ですが、人間にはそういうものが備わっているのでしょうか。

ネットの世界になると更に「弱いものいじめ」が加速するように思えます。ワイドショーや週刊誌と異なる点は、その「弱いものいじめ」に参加が可能になる点です。ネットの世界での誹謗中傷が過熱する時、水に落ちた犬を打つ人々を連想せずにはいられません。他国をどうこういう前に自らの襟を正したいものです。



東京大空襲

1945年3月9日夜から始まった10日の東京大空襲は死傷者十二万人を越える惨劇でした。(註1)日本の木造家屋にあわせた焼夷弾まで用意し、市民を焼き殺す意図がありありとしています。「ガラスのうさぎ」には東京大空襲を実体験された作者によって書かれました。お読みになられた方も多いかと思います。(註2)

小林信彦氏も文藝春秋から出版された「花と爆弾」の中で(註3)、東京大空襲について書かれました。「3.10を忘れない」では、本土爆撃をされたことの無い米国(註4)を書き、「3.10を忘れない(続)」では疎開先の埼玉県から東京の空を見て子供心に普段とは違う何かを感じたと書かれていました。
小林信彦氏曰く、
ぼくは空襲の話を父母に訊いたことがない。あまりにもなまなましく、口にできない話題だったのだ。
と書かれました。まさに同感でした。





註1)南京大虐殺四十万人など有り得ないのです。東京大空襲と広島の原爆を足した倍の人数を地上戦で起こせるのでしょうか?

註2)高木敏子著/ガラスのうさぎ 金の星社 東京大空襲もショックでしたが、機銃掃射によって肉親が虐殺される場面もショックでした。どうして市民を狙え撃てたのでしょう。

註3)小林信彦著/花と爆弾 文藝春秋 第1刷をご参照ください。

註4)ニューヨークの9.11テロが如何に卑劣であったかを考えるとき、米国は原爆投下と東京大空襲に対しての評価を再考するべきだと思います。実際には、そうはなっていない様子ですが。



蒟蒻畑の憂鬱


株式会社マンナンライフが訴訟されました。蒟蒻畑という商品で有名ですが、資本金 2,700万円 、社員数 73名(2008年12月1日現在)という小さな会社です。

以下、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090303-00000134-mai-sociからの引用です。

<こんにゃくゼリー>死亡男児の両親、マンナンライフを提訴
3月3日21時33分配信 毎日新聞
 こんにゃくゼリーで窒息死した兵庫県内の男児(当時1歳9カ月)の両親が3日、「大きさ、硬さ、容器の形状に設計上の欠陥がある」として、製造元の「マンナンライフ」(本社・群馬県)と永井孝社長らを相手に、製造物責任法(PL法)に基づく計約6240万円の損害賠償請求訴訟を神戸地裁姫路支部に起こした。
 訴状によると、男児は昨年7月29日、祖母宅で、凍らせた「蒟蒻畑(こんにゃくばたけ)マンゴー味」をのどに詰まらせて病院搬送されたが脳死状態になり、9月20日に多臓器不全で死亡したという。ゼリーについて、「のどをふさぐ大きさ」「かみ砕きにくくのみ込みにくい硬さと弾力」などの問題があったとし、社長らは「欠陥のない商品を製造販売できる体制を講じるか、製造を中止する義務を怠った」と主張している。
 この事故は昨年9月末、国民生活センターが公表して発覚。その直後、農林水産省が事故防止の「警告マーク」の拡大などを要請するなどした。両親は弁護士を通じ、「企業努力で防げた事故。訴訟で私たちのように悲しくつらい経験をする方がいなくなることを願っている」とコメントした。
 マンナンライフは「訴状が届いていないためコメントできない」(茂木克己・品質保証室長)としている。【馬渕晶子】


続いて、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090304-00000048-jij-sociからの引用です。

マンナンライフ、名古屋でも提訴=87歳女性死亡で長女
3月4日11時41分配信 時事通信
 名古屋市の女性=当時(87)=がこんにゃくゼリーをのどに詰まらせ死亡したのは、商品の注意書きなどに問題があったためとして、長女(60)が製造元の「マンナンライフ」(群馬県富岡市)を相手に2900万円の損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こしていたことが4日、分かった。
 訴状によると、女性は2005年8月、自宅で長女が食べさせたこんにゃくゼリーをのどに詰まらせ呼吸不全となり、5日後に低酸素脳症で死亡した。
 原告側は、ゼリーの弾力性や容器構造から窒息する危険性が高いことを同社は予見できたと主張。実際、同様の事故で死亡するケースも多発していたのに、袋の注意書きも小さいなど、十分な対策を取っていなかったとした。女性は03年に脳出血で半身まひになり、長女らが介護していたという。マンナンライフは昨年、こうした事故を受け表示を拡大するなどの対策を講じた。マンナンライフの話 現時点でのコメントは差し控えたい。 



まずですね、蒟蒻畑は2歳にもならない子供に与えるお菓子ではありませんね。

あの形をみて喉に詰まると考えないのは想像力が欠如しています。祖母に預けるならお菓子を用意して然りです。皆さん、例え身内といえどもそれ位の用意をしてから小さな子供を預けていませんでしたか?

子供に何を与えて良いか悪いかを判断するのは保護者の責任ではないでしょうか。これは保護者の責任を転換した逆切れ訴訟に思えます。

亡くなられた男の子は気の毒ですが、モンスターペアンツというのはこういう所にいるのだと実感しました。手厳しいですか?

名古屋の事故も同様です。半身麻痺の母親に蒟蒻畑を食べさせること自体が信じがたいものがあります。製造物の責任を問うというよりは、別な意図を原告が持っているように思えてなりません。

まるで米国で素人が弁護士を使ってやくざの真似をする様子(注1)に似たものを感じます。手厳しいですか?

それにしても、こんな裁判を抱え込んでしまったらマンナンライフ社は資金繰りが相当に苦しくなるのではないでしょうか。裁判費用を考えるだけでも、果たして現状の雇用が守られるのか疑問です。

倒産なんて話になれば73人の従業員とその家族が路頭に迷います。この不況の最中にです。資本金2700万の中小企業相手に何をしているのだというのが率直な感想です。原告は企業イメージに打撃を与えたと逆提訴される心配はないでしょうから、訴えたのでしょうか。手厳しいですか?




注1)マクドナルドのドライブスルーで受け取ったホットコーヒーを股間に挟んで焼けどした婆さんは、裁判で億単位の金を手に入れました。似たような手口でマクドナルドのせいで肥満になったと訴訟を起こした男がいましたが門前払いされました。訴訟を起こしたのが黒人だったからでしょうか?古くは日本のヘルメットメーカーが相次ぐ訴訟に耐え切れずに市場撤退をしています。



恥毛



お臍の下に生えている陰部を覆う毛のことです。広辞苑で調べてみました。陰毛に同じと出ています。陰毛を調べてみました。陰部に生える毛、しものけとでています。しものけをひくと、出ていません。マン毛も出ていません。オケケも出ていません。

飾り毛という表現もあります。性器周辺を剃り、ビキニラインも整えた形になり短く刈り込まれた恥毛は飾り毛という表現にぴたりときます。割れ目がくっきりはっきりでよろしいかと思います。えへへ。(変態)

パイパンとなると、無毛になります。パイパンは白牌に由来します。麻雀牌の何も書かれていない牌です。よってもって、パイパンのオマンコは恥丘もツルツルにスベスベです。手触りがたまりせんが、フロントレースのショーツを穿いても透ける毛が無いのが難点です。但し、股縄を施した時などは修正なしでブログに掲載できる利点もあります。縄だけで性器を隠す点にいやらしさを感じるのは、ミニチが変態だからでしょうか。圧倒多数で可決されてしまいそうです。



卒業



映画「卒業」では主演のダスティンホフマンがラストシーンで母娘どんぶりのチャンスを掴んで終わります。(注1)その卒業ではありません。本物の卒業です。



卒業、おめでとうございます。


ご自身の卒業あり、子弟の卒業あり、旧い節目を区切る儀式です。大切な儀式です。新しい節目がよりよきものとなりますように。





注1)もうちょっと他の言い方あるのではないかとも思われますが。ひねた見方をすれば、そういうことです。しかし、名作と言える映画ですので、お子様のいない場所での鑑賞をお勧めします。ダスティンホフマンの映画といえば、クレーマクレマーの方が好みです。レインマン、いいですね。
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