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年度末

年度末となりました。お疲れ様でした。あんなこと、こんなこと、色々と有ったのだと思い返せます。大晦日と元旦以外にも気持ちを切り替える時期を持てるのは運が良いと考えた方が気持ちに余裕が出来そうです。

降りかかる事項もありますから独りでは生きていけないのだと思い知らされます。大抵の人間は俗世に生きます。形而上的人生なんて無理です。お腹は空きます。

食欲より性欲が旺盛な場合はどうなるのでしょうか。今期は何回シタかとか数字が出てきそうです。何回シタかを数えるのは面白そうです。

前年の記録があると更に面白くなります。月別を前年と比較しそうになります。ついでに、一人で済ませた回数や相手別回数というのも比較しないといけません。男性は回数が分かれば大まかな放出量が計算できますから、ペットボトルが何本とか数えられるようになります。本当に計算するとカル○スが飲めなくなると思いますのでお勧めしません。

平均気温(最低気温と最高気温)と比較してみるとか如何でしょうか?意外と関係があるような気がします。これは男性の場合でしょう。女性は月のリズムがありますから、その影響が最も大きいと思えます。

しかし、車を頻繁に使われるカップルさんは気温の影響を受けるように思えます。そんな統計は有る筈も無く、真相は分かりません。



数えたことはございますか?





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携帯言葉

ふと気がついたら自分の文章も携帯言葉になっていました。気がついた時、愕然としました。

ブログ記事の原稿はパソコンで書きます。原稿を別ウィンドウで開いておきます。時間の合間に思いつきで書きます。別なことをしながら殆どブラインドで入力します。こういう入力方法なので絵文字は使えませんし、記号も使えません。それらを使える程には器用ではありません。普段から絵文字も記号も使わないという理由もあります。

さて何が携帯言葉かと言えば文章の長さが変化したことです。気がついたら二行、三行で改行する癖がついていました。以前はパソコンで閲覧されると意識していたので段落の区切りについてはあまり気にしていませんでした。

ところが、携帯電話やスマートフォンで読んで頂くことを気にかけるようになってからは改行が早くなりました。あまり長い文章は携帯電話やスマートフォンには不向きです。こう書きながら改行は二行、三行となっています。

より簡潔な文章を目指すという意味はありますが、短い文章に多くの事柄を詰め込みすぎてしまう弊害もあります。意図したことが表現できなくなります。それが己の作文能力とも言えますが。

それにしても、早めに区切らないといけないという癖がついたと思いますし、気がついたら自分の日本語が変わっていたのだと思いました。



そういう経験はございますか?





妻の座

イスラム教徒は女性を虐待しているという誤解は多いようです。まず、四人まで妻帯が許されていること。しかし、全員に等しくする点と既婚妻たちの承諾が必要です。難しいと思えます。同意される女性は稀有でしょう。

女性には重婚が許されていないこと。これは、父親が区別できなくなるから女性には許されないという点で議論は平行線を辿るようです。

女性が多額の持参金を用意すること。これは離婚の担保だそうです。離婚の際に慰謝料として返金されるとか。

離婚は夫からしか申し出られないようです。三回、離縁すると言えば離婚成立。尚、復縁したいとなった場合、困難です。まず、女性は他の男性と結婚してからでないと復縁できません。その「他の男性との結婚」は、新しい夫からしか離婚請求出来ません。男性にしか、離婚請求が認められていません。新しい夫が離婚しないと復縁出来ません。

スカーフやら頭巾については、隠すべき場所を隠しなさいという曖昧な規制しかないので誤解を生じさせます。頭髪だって覆うべきだという考え方も出てきます。例えば、エジプトの女性はスカーフを被る時代から髪を靡かせる時代を経て、スカーフを被る時代に変化しています。ここ三十年の変化です。

実際、家庭内で妻の発言力は強いと聞きます。何処も同じなのだと思えます。

それにも関わらず様々な誤解を生むのは、イスラム教が個人的な信仰に基礎を置きながらも、社会が家父長制度にある点が様々な問題を引き起こしているという見方でしょうか。一族の女性は一族の男性が一族の名誉にかけて守るという考え方です。

極端な例ではアルカイダのような押し付けや、一族の男性が名誉を守ろうとする行為は、イスラム教徒には本来なら馴染まない、矛盾とも言い切れる、ものである点が理解されていないと思えます。

イスラム女性達がスカーフを被り徒党を組んで歩く様子は違和感を禁じ得ませんし、自分は異教徒を好色の目で見ながらも身内が性的視線に晒されることを拒絶する姿勢は矛盾を感じます。しかし、その異様さにも一定の理解は必要とされているかもしれません。世界15億人の信者達です。







参考文献:内藤正典 著 / イスラームから世界を見る ちくま新書

言葉遣い

女性の美醜に非常に影響すると思えます。美醜というのは雰囲気とか人相といった類への影響です。

使っている言葉が汚い女性は雰囲気が綺麗ではありません。街で汚い言葉を使う女性を見かけると不思議な思いがします。そんな汚い言葉を口に出来るのが理解できません。話題も乏しいです。

そういう方々はお顔立ちとか体型以前に雰囲気が崩れています。雰囲気不美人とでも言いましょうか。金銭や最終学歴とかいった問題ではないように思えます。精神面で窮すると、即ち言葉が乱れると、持ち前の雰囲気が崩れてしまうのかもしれません。

何故かと言えば、幕末の日本を訪れた西洋人達が日本女性に感銘を受けています。明らかにオカネとかサイシュウガクレキという問題ではないと思えます。武家の子女は奥にいたと思います。故に奥様。彼・彼女らが見聞したのは市井の女性達だったと思われます。教育なんて、読み書き算盤がいいところでしょう。基本的な教育は手短なものだとも思えます。

そういえば、日本に来たある米国人は出身地を言い当てられて驚愕しました。オハヨー!と挨拶されました。(脱線するな、ミニチ)

さて、19世紀末には存在した筈の女性達がいなくなったのは、ネットワークやテレビでバラエティ物が垂れ流しになっているのが原因なのでしょうか?

おおらかで明るい女性像が精神的下流化(下流というのは暫定としての表現)に貶められているようにさえ思えます。当然の帰結ですが、それは子供にも影響すると推測されます。そして、再生産される同様の子供。

恐ろしい話だとは思いませんか?

モエル

昔は燃えると書いたんです。わたしのああんと悶えるのが燃える証なんです。わたし、今は萌えると書くんです。これ、大嫌いなんです。とっても厭なんです。なんか、宇能鴻一郎風なんです。

「燃える」は、ほっといてくれと思います。いいじゃない、いちいち口出しなんかしなくても。当人が懸命なのだから外野は黙っていろと思います。もっと燃えろとか他人に強要する人もいますが、余計なお世話です。お前の家が燃えろと言いたくなります。コレ、暴言ですか?

「萌える」はちょっとイケマセン。恥ずかしくないですかとしか言えません。デジタルな世界ではなく、実物相手に、等身大で、人間同士で、売り手と買い手という関係ではなく、真摯に向き合うことが大切だと思うのですが。

傷つくのが怖いとも聞きます。好きな人に振られて傷つかない人はいないと思います。好きな相手に振られるからこそ傷つきます。当たり前だと思います。それが怖くて踏み出せないというのは、死ぬのが怖いから生きていけないと言うのと同じだと思えます。暴言じゃないです、コレ。

生身の人間同士は感情を持つし、男性と女性は違うし、自分と他人は違います。それを学ばずに社会に出るのは当人の為になるとは思えません。モラトリアムという言葉が出現して長い時間が過ぎましたが、その猶予期間中に準備を怠るのは勿体ない話ではないでしょうか。そんな時間の余裕を持てない人もおりますし。

燃えるか燃えないかは個人の問題です。極めて個人の内面的な問題でしかありません。何かに夢中になる経験はした方がいいに決まっています。その夢中になる対象がスポーツだろうと音楽だろうと勉強だろうと、当人の問題だと思います。燃える・燃えないが問題になるのは、ゴミの分別だけです。

萌えるは絶望的です。たしかに、世の中に関する大方の責任は大人にありますが、当人が経験しないと話が進まないこともあります。いいもんです、生身。



痛い目に合うけど。





大は小を兼ねるのか?

大盛りご飯を食べておけば空腹を感じる時間は遅くなると思います。ご飯が少ないと逆になります。間食の原因になりますから、きちんと大盛りご飯を食べた方が健康的なのではないかと思えます。根拠はありませんけど。

男子トイレは大小の用途で分かれています。そういう点で、大は小を兼ねます。逆は無理です。そんな姿は想像したくありません。男子小用トイレにお尻を突き出して小便する女性を目撃したことがありましたが器用だと思いました。大抵は難しいと思います。女性器はビラビラがあるので真っ直ぐに飛ぶと限りませんし。

オッパイは如何でしょうか。大きいオッパイと小さいオッパイとなります。ミルクタンクと呼んだりした時代もありましたが母乳の量は大小とは無関係と聞きます。どちらでもいいので触ってよろしいでしょうか?(大バカ)

男性としてはどちらでも気になりません。感度の大小は気になりますが、カップの大小は気になりません。同意見の男性は多いと思います。だからこそ、貧乳という言葉には非常に違和感を得ます。「貧」はないだろうと思います。カップのサイズを問題視しないからそう感じるのでしょうか。

アレは如何でしょうか。大きいアレと小さいアレとなります。萎んでいる時は大きい方が小用を足す時に引っ張りだしやすいという長所があります。(バカ)

本来の目的(?)でアレを使う時は大きい方が良いのでしょうか?サイズはあまり関係無いと聞きます。アレを入れられたことがないので分かりません。試したことはありませんし、予定もございません。おそらく、女性は感情に左右されると思えます。女性の体は丈夫だけれど繊細なのでしょうか。



ところで、今日の話題は何でしたっけ?




育児

育児を理由とした女医さんの離職率が高く地域の医師不足につながっているそうです。統計を見れば一目瞭然です。地方ほど女医の同層婚は多いと思われます。地方の男性医師はナースとの結婚を周囲が許さず同層婚を強いられるという話からの推測です。男性医師の同層婚は必然と女医さんとなります。

地方であれ、都市部であれ、女医さんの離職はナースさんに比べれば簡単だと思えます。生活の心配は無いだろうと推測されるからです。女医さんの夫が平均的なサラリーマンとは思えません。企業に雇用されているとしても相当の年収なり将来の地位の約束がないと釣り合いがとれません。

育児を理由にした離職は望んだ選択とは思えません。誰でも社会とつながる為に仕事をしていたいという欲求はあると思えます。それでも、育児を選択せざる得なくなるのは家事や育児は依然として女性の仕事とみなされているからと思えます。勿論、育児に集中する時期を持ちたいという選択をされる方もいらっしゃるでしょう。しかし、三年離れたら戻れなくなる世界です。

さて、本人は望んでいないのに家庭を選択させられるというのは、夫の年収がそれなりにあるのだからあなたは家庭に集中しないさいという理屈がまかり通るからです。もっとも、医師という仕事をしながら子供を授かることは大変です。夜勤で仮眠が取れるだけでもナースさんよりマシですが、母胎に良いとは思えません。ナースさんになると更に状況は悪化しております。過去に記事を書いておりますので割愛します。

社会が欲している人材が埋もれてしまうのは手痛いのですが、巧く仕事と家庭を両立させる方法というものはみつかりません。個人の属性、性別とか学歴とか、に捉われずに本来の幸福は何かを考える方法は無いものでしょうか。

女医さんたちは家庭の幸福を見つけ、収入の激減が生活苦を招かないから、家庭に集中出来るというのが実情なのでしょうか。一般論とは申しませんが。お茶の水女子大学のあるゼミ演習を取材した本には専業主婦の矜持について古典を元にして考察されています。面白い一冊でした。

さて、家庭の躾となると別な話になると思います。本当に必要なのはこちらだと思います。

水泳

こんな寒い中、水泳なんかする筈がないのですが泳いでいらっしゃる方はいるようです。お子様も然り。要するにフィットネスクラブや水泳教室に通うということになります。全身運動だし、健康にいいようです。ガンガンに泳ぐといい気分転換になるという話はよく聞きます。

さて、学校の体育の授業で水泳の時間になるとクラスが二つに分かれるようです。ガンガン泳ぐ児童・生徒グループと金槌さんグループ。

これはお子さん達が水泳教室に通っているかいないかで分かれるようです。中には水泳教室に通っていないけれど親は水泳が得意なので、ひと夏の間に親が子供を鍛えて泳げるようにしたりします。こういう児童・生徒は水泳の授業ではガンガン泳ぐグループには追いつかず、金槌さんグループでは物足りなくなります。中途半端です。

とにかく、児童はスポーツを覚えるスピードが早いのでひと夏で泳げるようになります。スキーやスケートも似た傾向があると思います。スキーやスケートはともかくとして、水泳は命に関わる時もありえます。覚えるにこしたことはありません。

さて、ガンガン泳ぐグループと金槌さんグループに分かれる問題はある種の格差問題に映ります。お子様を水泳教室に通わせるということは、費用の支払いは勿論ですが、送迎もしないといけません。水泳教室に通わせるオカネは有りませんという家庭もあれば、仕事が忙しく送迎が出来ない家庭もあります。必然と水泳を習う機会を逃してしまいます。

泳げるようになった方が子供時代を楽しめると思います。全身を使うし、体の発達に良いと思えます。何か、うまい方法はないのでしょうか。例えば、公営室内プール(ゴミ焼却場の脇には有るようです。)では学生ボランティアの水泳教室が放課後の時間帯(夜間だと児童の安全が問題になります)に開催されるとか。色々と厄介な課題が山積みになる話ですけど。

児童の機会均等は成長に対して行われないといけないと思えます。教育は能力に応じて行われるべきですが、児童の健康は真面目に議論されるべきではないでしょうか。







ながら族

何かをしながら別な何かをする行為を示した言葉です。憶測ですが、オールナイトニッポンが放送されるようになった以降の言葉でしょうか?

受験勉強しながらラジオの深夜放送を聞いたとなります。ラジオの深夜放送を聞きながら受験勉強をしたのではありません。ここ、重要です。(お前だ、ミニチ)

お気に入りの音楽を聴きながら机に向かって勉強すると思いきや、実は音楽を聴いていた方は多いと思います。ええ、音楽の方が大切です。

電話をしながらオナニーするというのもあります。手短に言えば、テレフォン・セックスです。受話器をオマン○に出し入れする行為ではありません。

似たような行為で、チャットしながらオ○ニーというのもあります。お相手の入力速度は影響が大きそうです。

スカイプは動画と音声なので臨場感があります。単身赴任には必須です。その奥様がリアルなセックスを他でされている心配はありますが、心配無用です。心配しても無駄だからです。(だから心配なのだ)

とりあえず、仕事に集中しましょう。(お前も心配しろ、ミニチ)

ええっと、何の話でしたっけ?

ながら族。そうそう、ながら族。

ドクターXとか医龍を観ながら手術する外科医もながら族でしょうか。お世話にはなりたくないタイプです。





あなたの寝取られ度テスト

誰しもが自分だけは大丈夫だと思うのです。我が家に限ってそんな筈はないと。本当にそうでしょうか?(お前もだ、ミニチ)

さて、問題です。メモとペンをご用意下さい。

配点 2点  20点満点
1)急に優しくなった。
2)何故か肌つやがよくなった。
3)化粧が変わった。
4)髪の色、形が変わった。
5)アウターがカジュアルではなくなった。
6)マニュキュアやペティギュアをするようになった。
7)携帯電話がスマートフォンへ急に変わった。
8)午前様を飲み会だと言い張る。
9)残業と出張が増えた。
10)ブログを書き始めたらしい。

配点5点 50点満点 
11)新しい下着が妙にセクシーだが穿いてくれない。
12)入浴は必ず一人でするようになった。
13)キスが受け身になった。
14)喫煙するようになった。
15)たまに中だしをせがんでくるようになった。
16)頑なに長袖と靴下を脱がない日がある。
17)Vラインを丁寧に手入れするようになった。
18)セパレートのストッキングを持っていた。
19)何故かイカ臭い時がある。
20)寝言で他人を呼んだ。

配点10点 30点 満点
1)レディースローンを組んでいた。
2)そっくりさんを闇窯やモザ禁やさくら企画で見かけた。
3)ここ三日間、何故か帰宅していない。



何故かイカ臭い時があるのは10点じゃないと言われそうですが、本当に生イカを食べていたとか栗園で受粉作業をしていた可能性も否定は出来ません。冤罪は避けたいので5点です。(それでも計算するのかといわれそうですが)。

寝言で他人を呼んだら10点じゃないと言われそうですが、昔の彼を何故か思い出すことも有りうるわけで願望と現在は別物として5点にしておきました。(これまた計算するのかといわれそうですが)。


10点越えたらマズイです。逆に奥様達は10点を超えないようにしないとマズイです。どうそ穏便に。



知らぬが仏です。




殺していいですか?

そんな事を尋ねられて、ハイどうぞとは言えません。いい筈がないでしょうに。無理です、無理。

2012年のNHK紅白歌合戦は、「天城越え」が流れました。彼女は綺麗だし声も曲も好きなのですが、殺していいですか♪にはヒイテしまいます。情念というより怨念に近いものを感じます。化けて出てくるのでしょうか?猫でもあるまいし。

たまに、殺していいですか?と尋ねてくる人はいます。ミニチを殺していいですかという問い合わせではありません。(誰だ、残念がっているのは?)

仕事のトラブルなのか頭にくることをする人がいるようです。「○○を殺していいですか?」と聞いてきます。いい筈がないでしょうに。同レベルになりたくないでしょとお話させて頂きます。殺すだなんて単語は簡単に口にしてはいけません。

ゲームがこれだけ流通してしまうと感覚が麻痺してしまい、殺したらリセットして再び始めるという錯覚が起きても不思議ではありません。クウェートで起きた戦争中継に至っては世も末だと思いました。こうなると、通り魔が出現しても不思議ではなくなります。これ、非常に危険だと思います。何はともあれ、怨念を抱かせてはいけません。

お屋敷の彼女が皿の勘定している最中に時間を尋ねてもいけません。

時そばでもあるまいし。



お後はよろしいのか?






つきあう ver1.2

日本の家庭での夫婦は元恋人になりますが、米国の家庭での夫婦が元恋人になれば元妻・元夫という言葉に連なるでしょう。日米両国の夫婦関係が何に立脚しているかということになるのでしょうか。日本の夫婦は家族になっていきますが、米国の夫婦は常に恋人同士でいないといけないという、なんともの大変な状態です。

さて、男女がつきあうというのは如何なる状態なのでしょうか。これ、難しいです。

例えば、三浦綾子氏。戦後、病に倒れておりアレを楽しむどころではありませんでした。生きるか死ぬかという状況で気持ちが荒んだ時期もあったようです。しかし、アレ抜きで男女の愛も夫婦愛も経験されております。彼女は人間が何故にアレに執着するのか分かりかねると書かれていましたが病身でなければカナリの本数(露骨か?とにかくモテた女だったのです)をと考えてしまいます。

これが林真理子氏や上野千鶴子氏になると微妙になります。前者は販売を目的とした文章であり、後者は研究を目的とした文章という点に気をつけて読まざるを得ません。そして、女性の視点と男性の視点がかくも異なると感じると思うでしょう。

アレをするとかしないとかはともかくとして当事者達にはつきあうということは互いの関係を意識しあう何かを意味するのでしょうか。落合恵子氏はカップルの数だけつきあい方があると書かれていました。うーん、深いです。

人生相談でみかけた恋愛についての話です。

相談者である4年生の女の子には2年生の頃からつきあっていた彼がいたのですが親友に横取りされて別れてしまいました。未練は残るし勉強にも集中できないという内容でした。









あのー、小学生からそういうのは早いと思います。まずは目前の中学受験に集中してください。





追記
トラックバックがよく分からないのでリンク先を貼ります。

なっちゃんさんのブログです。
とっても男らしい、女性的なブログです。












決算

世界という視点で眺めると3月は第一四半期が終わりますというだけですが、日本では本決算が3月という企業が多くあります。最近は6月に中間決算で12月に本決算という会社もあります。こういう企業が珍種なのがなんとも。

先だって書店で馬鹿げた新書を見つけました。株では儲からないという趣旨の本でした。当たり前です。株主に公開される決算報告書を見ても重要な事柄は分かりません。あの医療・光学メーカーが負債を隠していて倒産の危険さえ囁かれたことがありました。素晴らしい営業利益率を記録していても倒産の噂が流れ、株価は暴落します。それ位に分かりません。少なくとも素人には理解不可能でしょう。

アナリスト達がどこまで精通しているかは分かりません。精通というのは射精したという意味ではありません。(当たり前だ、ミニチ)

なんかインチキ臭いとしか言いようがありません。もし急激な値上げを裏付ける情報に基づいて株式を買い付けて高値で売り抜ければ儲けることは出来ます。でも、それはインサイダー取引とも呼ばれます。犯罪です。

さて、決算です。



大忙しの方も多いかと思います。不況ですが、乗り切って下さい。






肯定文と否定文

肯定文と否定文があり、否定文を使う感覚には男性と女性の違いがあるように思えます。

男性同士の会話では、否定文が出ることがあります。それは、XXだと思う。違うよ、それ。といった感じでしょうか。但し、持論を否定されたからといって陰口を叩かれることはありません。根にもって陰口を叩けば喋った当人が笑いものにされます。

持論の否定は相手の否定を意味しないと言えるかもしれません。話題と相手は別物です。男性同士は認めた相手としか会話をしません。一般論ですが、男性同士が会話するようになるまでには時間を要します。

仕事の都合であれば、やむなく会話をします。しかし、それは徹底的な情報戦になり、もらった情報に見合う情報しか提供しません。互いに認め合うようになると変化します。

子供を通して父親同士がつながる難しさは、この最初のハードルの高さにあると思えます。差しさわりの無い会話を続けたくないし、しないのです。子供会の手伝いに駆り出されたら用事が済み次第、帰りたい。飲み屋で居合わせた者同士が会話をすることはあります。しかし、地域差がかなり有ると思えます。

女性同士は否定文が会話に出ることはないと聞きます。真実味のある話ですが、真偽は分かりません。中身もスゴイらいしいと聞きます。スゴイのでしょうか?(何がだ?)

女性同士は子供を通したお付き合いを回避出来ないと思えます。育児に影響しますから、非常にストレスを感じると思います。お子さんがいない方も職場での同性との関係は無視できないと思えます。仕事に関係しなくても人間関係が難しいと愚痴を聞かされます。ミニチに愚痴ってどうしようというのだ?同性には怖くて喋れないのでしょう。

女性は一度たちとも否定文を使うと人間関係に支障をきたすという話は本当なのでしょうか。同性で気軽になれるのは、男性同士の方かもしれません。

否定文を使ってはいけないというのは、難しい課題です。(お前にはだ、ミニチ)

男女の違いは大きいものです。

雄も雌も「つくり」は同じ筈なのですが。



お後がよろしいようで。

ミニチの綴り方教室14 ver2.0

第十四作を掲載します。ネタ探しの旅行に出て、ナミさんに出会いました。そして、ナミさんが与えてくれたインスピレーションで創りました。現実のナミさんとは全く関係はありません。ナンパなんかしていませんから、ミニチ。


さて、「綴り方教室」は変態話が中心です。今回も残念ながら(?)真面目に(?)書きました。オカズにはなりません。ゴメンナサイ。


コメントを頂けるようであれば、この記事へよろしくお願いします。



主な登場人物は、
僕: 主人公です。
絵里:同級生です。
京子さん:重要人物です。
あいつ:厭なやつです。




今までは、
第一作:M夫話。不倫した妻と彼から調教され、同性愛まで体験する話。
第二作:寝取られ話。妻と妻の友達が一人の男から調教される妄想をする話。レズ&スカトロ描写あり。
第三作:寝取られ話。ある朝、妻と体が入れ替わってしまい、妻の不倫を知る話。
第四作:寝取られ話。二世帯住宅を舞台に妻の恋愛・出産を公認する話。
第五作:大学生2人のホモ恋愛話。
第六作:不倫相手の人妻から初体験の話を聞く話。(第五作の変形版)
第七作:寝取られ話。妻が週末婚に至るまでの話。
第八作:女王様に多頭飼いされるM男性二人の話。
第九作:妻と義母が寝取られる話。
第十作:レズビアンの話。
第十一作:年上の女上司と社内不倫する話。
第十二作:現在・過去・未来の順番に話を並べてみました。
第十三作:サスペンスもどき。
ときております。















京子さんが教えてくれた <上> ver2.0

誰にだって得手と不得手はあると思う。僕は丘の上でいつもテニスをしていた。急な坂を登りつめると学校があった。門をくぐりまっすぐに伸びる道に沿う最初のグラウンド、それがテニスコートだった。

同じクラスの絵里は僕に海の方が素晴らしいと常々に言っていた。僕にしてみれば海なんてあの道の向こうの世界だし。あんな際限のない世界に踏み出している人たちを心の底ではどうにかしていると思っていた。だって、海は眺めるものだったからだ。

テニスと言うとなにか華やかだと勘違いされる。きっと男性プレイヤーにしても女性プレイヤーにしても、封じ込められた立方体のなかで、そう、実は立方体なのだ、最速を求めているから派手に映るのだと思う。張りつめられた糸の先が何処に伸びているかを考え、その糸の先に気が付いてなんかいないふりをしながら狙われた場所に躊躇なく跳び、ボールを跳ね返す。僕はそういうスポーツだと思っていた。

多くのプレイヤー、それはどんなスポーツでもいいのだけれども、勝ったり負けたりすることってあると思う。ずっと勝ち続けるだなんて無理だ。そんなことが出来るのは限られた人だけだ。僕は平凡なテニスプレイヤー。まだ、高校生だったし、そんな奴は何処にでもいたと思う。僕は凡庸ではあるけれど最大限の努力はしたから授かった才能は使い切っていたとは思う。でも、僕だって欲張りだ。勝ちたいと思う。勝ったり負けたりだなんてよくある話だけれど絶対に負けたくないと思う試合だってあった。

屋外のコートに立ち、暖かくなってきた陽気を肺に吸い込み息を整えた。対戦相手はあいつだった。部内の練習試合だって負けたくはなかった。毎度の相手だし、試合前のコイントスとやる気のない握手には僕には勝ち目なんかありはしないという空気が流れていた。いつだってあいつが勝つ。そういう相手だった。でも、僕は負けたくはなかった。絵里が想いを寄せるという理由だけで僕は本気になった。

現実は残酷だ。絵里の前で勝ったことはなかった。そして、絵里の17回目の誕生日。また、あいつと対戦する機会が訪れた。テニス部でもないのに絵里はギャラリーに交じっていた。そして、僕ではなく、あいつを見つめていた。そう、熱い眼差しで特上の誕生日プレゼントを望んでいた。たとえ、それは僕には屈辱的な敗北であったとしても、絵里の誕生日プレゼントはあいつの勝利だった。

その試合が終わり、予想通りの結果が出た。その晩、どれくらい泣いたかなんて覚えてはいなかい。翌朝に涙は枯れたけど、もうどうでもよくなった。ラケットなんか道の向こうへ沈めてしまえと思った。だから、その日の朝は道を渡ろうと思った。握りしめたグリップを放す。もう十分だと思っていた。通学路に向かわず、反対側にわたるために信号機の前で止まった。赤いランプが蒼く変わるのを待つ時、京子さんに出会った。

そのお姉さんはまっすぐに視線を道のむこうにある海に注いでいた。まっすぐと背筋を伸ばし、セミロングのサーファーカットにした肌が浅黒く焼けたお姉さんだった。長い睫、通った鼻筋、遠慮がちな唇、その顔にゴムのような素材、ウェットスーツと呼ぶらしい、がすらりとしながらも張りのあるしなやかな曲線に張り付いた人だった。その黒いウェットスーツをみて、テニスウェアとは全く違う用途のウェアだと感じた。

そして、波にのる人たちって別世界の人だと改めて思った。こんな春先に海に入るだなんてどうにかしている。つま先に真紅のペティギュアが施されてサンダルを履いていた。無駄な肉をそぎ落とした踵が印象的だった。ここまで踵を削ぐのは簡単ではない。僕だって人並み以上には走りこんでいた。その落とし具合の難しさが簡単ではないこと位はわかった。

自分の身長より長い板を小脇に抱え、何かワイヤーみたいなものを持っているだけだった。鞄とかポーチなんてもちも物はなく、8.5フィートの板とワイヤー、京子さんが教えてくれたのだけれど、リーシュというらしい。ラッシュガードなんか着ていなくて、黒のウェットスーツだけだった。そういえば、板と僕が呼んだ時にはサーフボードと言いなさいと叱られた。

そのリーシュは板とくるぶしを結ぶ用具だった。なんでも、板から転げ落ちた時に流されないようにするための道具らしい。海に放り出されて板、ではなく、サーフボードがくっついていることの方が危ないと思ったけど京子さんには黙っていた。何か理由があるのだろうと思った。

京子さんに初めて会った時、つまり、僕がラケットを沈めるために横断歩道を渡ろうと待っていたとき、京子さんは信号が青に変わると僕をちらっとだけみて横断歩道を渡っていった。なんとなく後を追うようにして僕も横断歩道を渡り、砂浜に降りていく階段に腰掛け、京子さんが浜辺に歩いていくのを眺めていた。砂はさらりとしており、細かいとは言い難いうす灰色の砂だった。白いとは言い難い白い砂。そんな色だった。階段の一番したには京子さんが脱ぎ捨てた砂だらけのサンダルが転がっていた。

遠くに見える京子さんは立ち止まり、サーフボードを置き、かがみこんでなにやらしていた。リーシュを取り付けていたのよと後になって教えてくれた。すっと立ち上がった京子さんは髪を束ねた。影絵が髪を束ねた。それだけのことなのに、僕は見入ってしまった。何を見入ったか今では覚えていない。そのシルエットに見入りながら格好いいと思った。僕はそう感じた。砂浜の左側にぼんやりと半島が見え、砂浜の右側にはあれが見えた。何であれが人気なのか僕にはわからない。田舎にくる田舎者ってなんか変だなと思っていた。でも、同じことをクラスの友達も言っていたから満更おかしな感覚ではなかったと思う。

京子さんは髪を束ね、無駄のないシルエットを見せたまま海へ入り、パドリングしていった。そうだ、そうなんだ、パドリングというものを京子さんが教えてくれた。波に身をゆだねるけれども意思を持って進み、機会をうかがう。パドリングってそういうことなのだと教えてくれた。僕が立体形、天井は見えないけど、ぎりぎりにリターンした時、それってパドリングと同じなんだと思った。時間の長さは違う。でも、機会を伺うために足を止めないのと同じことなんだと思った。

自分で行きたい所へ自分で泳いでいき、機会を待てばいいのだと思った。きっと、京子さんがパドリングを教えてくれなかったらそうは考え付かなったと思った。海はこんなに広い。これだけ海は広いのだから遠慮なんかしなくてもいいのだと思った。





京子さんが教えてくれた <中> ver2.0

京子さんは僕より三歳年上の二十歳の女子大生だった。茶色い毛先は染めたのではなく、潮が自然と染めた色だった。京子さんのサーファーカットは本物だった。陸サーファーのそれとは違う本物だった。だって、サーフボードとリーシュしか持たないサーファーだったから本物でしかありなかった。せいぜい、細いアンクレット位しかつけていなかった。波にのる人ってこういう人のことを言うのだと思った。無駄をそぎ落とした姿だった。何度も京子さんを探して砂浜に降りる階段に腰掛ける日が増えていった。海の向こうに絵里は消えていた。

「いつも私をみているのね、何?」
京子さんから話かけられた時、心臓が破裂するかと思った。京子さんに問い詰められて僕は困ってしまった。京子さんから話かけられるだなんて想像もしていなかったからだ。僕は京子さんを見ていたけど、京子さんは波しか探していなかった。

たしかに毎回のように黒い詰襟の高校生が来ていれば気が付くのは当たり前だと思う。これは僕が後になってわかったことで、当時は分からなかった。気が付けば気になるだろう。そして、気になるというのは時として癇に障るという意味も持ち得ると思った。京子さんの邪魔をしていたかもしれない。だって、京子さんは波しか見ていなかったから。

問い詰められた僕はしどろもどろになった。何を話したかは忘れてしまった。とにかく、京子さんには僕の制服で近くの高校生だとわかっていたし、いつしか砂浜に降りる階段で顔を合わせれば話をしてくれるお姉さんになってくれた。オトナのお姉さんは高校生だった僕にはとても刺激的だったし、憧れだった。同級生なんかめじゃない。そう僕は確信した。でも、京子さんと肩を並べられただなんて奢りは微塵もなかった。

京子さんがサーフィンを終えて砂浜に戻ってくると背中のチャックを下す役割を僕に与えてくれるようになった。浅く日焼けした肌からは思いつかないような真っ白な背筋を僕は見た。そして、僕がその背筋に指をすべらせた時、京子さんは言った。

「教えてあげる」



ベッドが軋んだ。




京子さんが教えてくれた <下> ver2.0

二十年なんて年月はあっという間だ。あんなこともこんなこともあった。成功もあれば失敗もあった。富める時も病める時もあった。人生なんてそんなものだと思った。とにかく色々なものを抱え込み、そして嫌気がさして我慢が出来なくなった。僕はラケットを沈めようと思った時と同じように同じ砂浜に戻ってきた。僕が当時と異なるのはあのころの夢だ。パドリングに夢を感じた心なんてとっくに借金のかたにとられていた。

波は常に海からまっすぐに押し寄せては来ない。東から吹く風が時折に波を斜めに押しやっていた。白い沫が無数に現れては消えた。そうだ、こんな沫みたいなものだ。小さく、あっという間に消えてしまうものだ。愛おしいだなんて言葉は陳腐だろう。瞬時に現れて気が付くと消えている。それが波打ち際の沫だ。僕は沫だ。


相変わらず間抜けな半島が霞んでいた。右側のあれも相変わらずだった。砂浜をあるくと砂がシューズに入り込んでくる感覚を得た。テニスシューズでは絶対に歩けないような場所だ。乾いた砂は濡れた砂に変わり堅くなっていく。それでも砂は細かく万遍なく塞いでいく。まるで心の余裕を一つ一つ丁寧につぶすように入り込んで塞いでいく。そんな感じがした。

つま先が波打ち際に来た時、靴が濡れ、靴下が濡れた。そして、砂の底に沈められていく感覚を足の裏に覚えた。膝まで海に浸かってみた。波が引いていく時、足首は砂に埋もれていった。くるぶしは完全に飲み込まれていた。引き潮の度に深く深く、底に向かい、足を埋もれさせていった。そう、これでいい。このまま埋まる。そして、終わる。それを求めていた。腿まで沈んだ時、脇を誰かがパドリングしていった。

昔と変わらないサーファーカット、化粧水だけで充分な顔、細い体を8.5フィートの板にのせて通り過ぎる。そんな真似を出来るのは京子さんだけだ。そして、京子さんだと確信させた声。

「ボ―ド無しで何をしているのよ」
長いまつ毛に砂をつけた京子さんが振り向いた。

「今度は人生を教えてあげる」
京子さんが言った。

砂浜に連れ戻され僕は京子さんに抱かられて泣いた。あの試合後と同じくらいに泣いた。そして、学んだ。

京子さんが教えてくれた。



ペルシャ

意外なのですが、ウズベキスタンはペルシャ語系の言葉だそうです。いきなりすっ飛んで出現しているのが謎です。

ペルシャ猫。なんか世界征服を企てる組織の親玉が撫でているイメージがあります。考えすぎでしょうか。高級ブランドの宣伝にも出てきそうな猫です。高そうです。当の猫ちゃんは暑苦しくないのでしょうか?

ペルシャ絨毯。空は飛びません。床に敷きます。ジェフリーアーチャー氏はこの絨毯を題材にした短編小説を書きました。スリリングで楽しい一品です。お勧めします。

ペルシャ美人。という表現は使わないのでしょうが、とにかく綺麗です。目鼻立ちがクッキリとしてハッキリしています。パッチリお目目に黒髪がたまりません。髪を隠しても美人さんです。ああ、たまらない。

男性も格好いい方が多いようです。ダルビッシュ投手を例に挙げれば納得して頂けると思います。イラン系投手が米国プロ野球で活躍するという皮肉が笑えます。空振りした米国籍選手、非国民でしょうか?

ペルシャというのは今で言うイランです。

頑張って核開発しているようです。

それは、イラン?



お後がよろしいようで。




ホワイト・デー

マシュマロ・デーという呼び方をした時期もあったと記憶しています。これは地域によって違うのでしょうか?時代によって違うのでしょうか。無縁です。(泣くな、ミニチ)

さて、バレンタイン・デーのお返しをしないといけません。何も貰っていない男性は無関係です。(お前だ、ミニチ)

男性は手作りケーキとかは作りません。今はどうなのでしょうか?男子は手作りクッキーを焼くとか起きるのでしょうか?

昔は義理チョコにもお返しをしないといけませんでした。貰ったチョコの倍額相当の品を返品するという暴力的な習慣でした。

そういえば、ショーツを贈るオヤジ共がいました。ゴルフ・コンペの景品でもあるまいし。もらった女性が穿くとでも思っているでしょうか。穿く訳がないでしょうに。

酷いとバレンタイン・デーに何もしていないのにホワイト・デーになったと騒がれます。貸付詐欺、そのものだと思います。(お前の家だ、ミニチ)

ホワイト・デーですから、アレから白濁液をぶちかまして過ごしたいものです。

一発で勘弁してもらえますか?(バカ)



さあて、頑張るか。(独りで?)







日本語の作法

外山滋比古氏が新潮文庫に並べております。文字も大きめで読みやすく日本語が如何に素晴らしいかを語られております。平易な文章で読みやすいのですが難解です。養老孟司氏に比べれば難解さは良心的です。

何でもかんでも、「お」をつけるもんじゃないという一節もありました。例えマ○コをオ○ンコと呼んでも上品とは相成らず。ごもっともです。あ、こんな話は書かれていません。未成年にも読ませても大丈夫です。ええ、請け負います。

同書を読んでいると幾つかの箇所で引っかかります。厚顔ですが、紅顔ではなく、赤面。どうすんだよ、自分が仕込んだ記事の修正。母国語を間違えているのは致命傷に感じます。これだけ恵まれた言葉に生まれ育って日本語を誤るのは迂闊です。

書くことは脳を活性化させるといつだか読みました。この一文は右翼と勘違いされそうな数学者が書かれています。あれ位の頭脳になると書くことが違うものだと感心します。東大、お茶の水は入学して当然という方々ですから別世界です。入試で四苦八苦する人の苦労なんて想像つかないでしょう、多分。

漫画「ドラゴン桜」は東大合格を主題にして話題になりました。週刊モーニングだったかな?記憶が曖昧です。ドラマにもなりましたから有名だと思います。

でも、合格して燃え尽きていいのかと思います。ゴールでは無いですよ、そこ。

さて、日本語をどうしよう。



まずは読むか?





県民性

色々とあるようです。平均値にやたら近い県とかスポーツと芸能界には強い県とか。同じ分野での比較も出来そうです。岡山、滋賀、大阪の商人は有名でしょうか。大阪は細かい区分けが有りそうです。

噺「愛宕山」は、江戸の旦那と太鼓持ちが登場して其々の言葉で喋ります。これが濃い。おまけに大阪の太鼓持ちも登場し、江戸と大阪の比較が出来ます。これまた、濃い。噺家はよくぞ喋り分けるものだと感心します。払うものを払った価値は得られます。

太鼓持ちがいるからには芸者さんも登場です。勿論、京都でないといけません。京都のオンナ。いいじゃないですか。素人も玄人も難易度が高そうです。(何がだ?)

イイ女と言い出したら、秋田美人。忘れちゃいけません。実際にお肌が違うそうです。NHKが放送していました。(試してガッテン?)東北地方は美人が多いという印象を持っています。

タモリ氏が喋ったのは、ダサイタマ。すっかり定着し、語源を知らない人も多いようです。今はチバラギ県も加わりました。似た内容を明石家さんま氏が奈良のオンナは怖いと喋りました。より洗練された物言いでしょうか。都市圏の端っこを昔はベットタウンと呼びました。ラブホテルがひしめくという意味ではないようです。

昨今の高校野球の晴れ舞台である甲子園球場の出場校は中学生を全国からかき集める学校が増えたので県民性は見えなくなりました。他の競技も同じです。相撲に至っては日本人がいません。

残るはアダルトDVDです。都道府県対抗企画でしょうか。ご当地体位とか。ご当地カテゴリもありそうです。かつて丸刈り強要で有名になった愛知県は射精管理となるのでしょう。福井県はフクイをひっくり返して衣服だからコスプレかCFNMになるのでしょうか。(際限なくマニアックだぞ、ミニチ)

生理中のアレなら佐賀県でしょう。九州が良い。(そんなに鍋島が憎いのか、ミニチ?)

北海道はデッカイドーで巨根企画でしょう。

泡踊りは書くに及びません。




東日本大震災

あれから二年が過ぎましたが被災された方々は今もなお災害の渦中にあると思えます。

阪神淡路大震災の際、各国のメディアは暴動が起きなかったことを驚きとともに発信していました。東日本大震災でも暴動は起きていません。しかし、火事場泥棒はいたと報じられています。おそらく、マスコミが火事場泥棒は出ると予測して動いたから火事場泥棒が見つかったのだと思います。

火事場泥棒は実刑判決でよろしいかと。卑怯な真似をすれば当然です。情状酌量の余地は無いと思います。

日本にとって不幸だったのは、当時の総理大臣がアレ(管)だったことに尽きるでしょう。しかし、鳩山だったら更に酷い目に合ったかもしれません。

東京電力の本社と現場のやり取りは、現場の一本勝ちだったでしょう。原子炉の隣にいる人間と臨界(端折った説明をすれば原子炉の暴発)から逃げられない場所(必ず死ぬ場所)にいる人間は違います。東京電力の幹部達が本気で指揮を執る気があるならアッチに行けよと思ったのはミニチだけでしょうか?

日本政府要人と東京電力本店幹部を除く多くの方々が現場へすぐに駆けつけました。そして、各自が出来ることを行いました。国内からも他国からも。この話は日本のリアルという記事に書かせて頂いております。パソコン閲覧をされている方は探してご一読下さい。



被害に遭われた方々への哀悼、遺された方々へのお悔やみ、現場へ駆けつけた方々への敬意をここに表したいと思います。






東京大空襲

怖い話です。人間の所業と思えません。実際、作戦実行を拒否した米軍の准将は更迭されました。

死者数で言えば、広島の原爆投下と同様の死傷者が出ました。広島の場合、放射線を使うという非人道的な点が見逃せません。孫引きになりますが、東京大空襲では二時間半に間に十万人が死んだとあります。

もっとも、日本軍も焼夷弾を使っています。例えば、1939年に中国で行った重慶爆撃があります。死者約四千名弱、負傷者約二千三百名。桁は違いますが、殺される方は殺されることに違いはありません。

さて、米軍は関東大震災の火の回りを調べ上げて爆弾投下の進路を決めています。何処から焼けば効果的か計算していたことになります。爆弾も木造建築を効果的に焼くことを念頭に設計されました。実験も行われていたようです。要するに、市民の虐殺を意図していたとなります。故に、米軍の准将は命令に背いて更迭されました。

焼夷弾は後のヴェトナム戦争で使われたナパーム弾の原型なのでしょうか。そのナパーム弾の九割が日本製というのがやり切れません。

更に姿を変えてクラスター爆弾へと変わりました。あと何人殺したら気が済むのでしょうか?

東京大空襲で被災された方は、空襲が話題になると目が潤みます。



思い出したくない一夜なのでしょう。








ミニチの綴り方教室? ver2.0

綴り方教室は迷走しています。

変態話が良いのか、物語が良いか判別つきかねています。書き手次第デショと言われそうですが読まれる方のご機嫌も伺いたいものです。

話を書くときは仮想の家族を創り上げます。プロフィールやら衣類やら住宅環境、家族構成といったものをカタログを頼りにして描きます。でもって、ちょっとしか書かない。ご指摘頂いている手法です。

この場合、一人称がもっとも感情移入できます。よってもって書けるという具合です。これは人によると思います。S男視点はオカズにならないだろと思われるのでプロットすら組んでいません。誰もそんな話は読みたくないと思いますし。S女視点はどうかと言われると書けないと思います。想像できません。

さて、原点に立ち戻って(?)変態話を書き始めていたましたが3ページ程を書いてから捨てちゃいました。プロットの陳腐さや前作(第13作)のような迷走をし始めていました。ちゃんとオカズに仕上げないといけないのに気取ってドウスル?と反省しています。はい。

こういう部分は好きですという「肯定的なご意見」を具体的にコメントをお願いします。

賜ったご意見が書きかたを変える訳ではないのですが(だったら尋ねるなと言われそうですが)、お聞きしたいことはあるということでして。はい。


よろしくお願いします。


ミニチ




語呂合わせ 都都逸

今日は三月九日で、39だからサンキューの日です。という記事は書きません。4月7日にシーチーで質の日という記事が書けなくなり、5月5日にゴーゴー!という記事が書けなくなり、6月9日にシックスナインの記事が書けなくなります。ゼエゼエ。自爆しているぞ、ミニチ。でも、6/9はシックスナインの記事を書いちゃうもん。(朝令暮改か、ミニチ?)

さて、ドイツの都都逸。

パチンコ、オ○ンポ数あれど
入れて出しての 乱れ打ち
レディース専用 淑女用
あんたは違うは これ禁句
競馬競輪 五輪の競技
ボート バイクは ちと違う
四人揃えば 中国語
家族で花札 さあコイコイ
鯉は買えない 恋出来ない
卒寿の祝いに 年金支給

別にドイツでも何でもありません。タダのごろ遊びでした。悪ふざけもたいがいにしよっと。






漢字遊び

感じ遊びならウフーンでアハーンでイイ感じとなります。そーゆーことを独りでスルと単なるオナ○ーとなります。

今更、○ナニーもなんですので、(嘘をつくな、ミニチ)
漢字で遊んでみました。



自律神経是無縁
従欲御意見無用
毎日硬直以発射
猿学思考志向掻
無駄打連不学習

そのままです。はい。

常往座臥。

これ、体位の話ではありません。記事は真面目に練らないといけませんね。はい。

慇懃無礼是尊大
融資謝辞無担保
行東懇願西哀願
闇金活躍而必然
零九零即生地獄

うーむ。洒落にならない。



電話

NTTが電電公社と呼ばれていた頃、男女が別れる原因は電話だという一文がありました。(年齢不詳だぞ、ミニチ)

当時はパソコン通信(IT原始時代にそういうものがあった)もメール(当時は色々と有った)もショートメッセージ(電話番号に対して送る通信文)も携帯電話(正義の味方は所有していた)も有りませんでした。

その時代の男女は電話で会話している内に喧嘩になり分かれてしまうという手順を踏んだようです。顔が見えない会話は恐ろしいと思いましたが、彼女が存在しないことの方がより深刻な問題だと気がつくのは後年になってからです。(オツム弱いぞ、ミニチ)

携帯電話の普及に伴い、子供に携帯電話を渡して何時でも連絡が取れると安心する親が多いという記事がにぎやかになって数年が経ちます。一向に、この傾向には歯止めがかかりません。

男女の別れ話は仕方ないとしても(当事者達には深刻な問題なのですが)、子供と連絡がとれるから安心だという幻想は危険だと思えます。本当に危険な状態に遭遇していれば電話する余裕はないと思えます。ある時間帯までの無事を後から確認出来ることは、安全を確保することと別な話ではないでしょうか。

旦那さんから会社にいるからという電話が有ったとしても、彼のいる場所は「BAR 怪車」かもしれません。あ、元ネタは四こま漫画「サザエさん」です。

子供と彼氏の居場所は把握しておいた方が良いかもしれません。






縄文時代から弥生時代

日本史を学んでいて違和感を得ていたことがあります。縄文時代と弥生時代というのは最初に出てきます。よく土器が縄文式だの弥生式だのという話もでます。貝塚が見つかると縄文時代の遺跡だと言われます。これが分かりませんでした。

何故、縄文時代が弥生時代になったのかという明確な説明を学校で習った覚えがありません。歴史の授業は突っ込みどころ満載なので聞き逃したとも思えません。厭なガキでした。はい。

縄文時代の人は狩猟採取民族で弥生時代の稲作農耕民族で、稲作の発達が人口増加と富の蓄積を産んだという点までしか覚えませんでした。その程度しか試験に出なかったという分かりやすい毎度の理由です。(それしかないのか、ミニチ?)

稲作農耕民族の弥生人がやってきた。そして、狩猟採取民族の縄文人が好む四足獣を禁忌した。

こうなると話が違ってきます。別な民族が追いやられたとなります。つまり、誰が日本人かという話にもつながりかねません。アイヌも蝦夷も東へ東へと追いやられました。蝦夷に至っては混血して消滅したのか死滅したのか分かりかねません。よく言われる醤油顔とソース顔というのは混血の名残かもしれません。

そして、弥生時代が大和朝廷の時代を迎えます。稲作という生産規模の拡大が富の蓄積を産み、再分配という問題を社会に起したと言えるかも知れません。不勉強なのでこれ以上は分かりません。

ついでに書いてしまうと大和朝廷にはかなり朝鮮族の影響があったとも思えます。そうでなければ、百村江の戦いが説明できないと思います。いきなり、朝鮮半島に進出して国を築いていたと考えるよりは朝鮮半島のある地域の出身者が日本列島に影響を及ぼしていたと考えた方が自然に思えます。

ここからが日本なのだろうと思えるのは藤原不比等のあたりかと思えます。新しい参考書を入手したので読んでいます。全く検討違いの記事でしたとなるかもしれません。その時はご容赦下さい。







参考文献
梅原猛 著/隠された十字架 新潮文庫
梅原猛 著/日本の霊性 新潮文庫
養老孟司 著/まともな人 中公新書
等々。

宮崎

まずは、宮崎県。

そのまんま東氏が知事になって6年です。もう違うけど。彼はそれなりに頑張ったと思います。地元のアピールに貢献したと思います。笑いの入れ方も地元アピール優先だった感じがしました。でも、人相がすっかり悪くなりました。たけし氏の弟子で終わりたくなかった気持ちは察しますが。

そのたけし氏もある作家には頭が上がらないとか。眼力のある人に見込まれるプレッシャーは凄まじいと思います。その作家は映画にもコントにも詳しいから大変です。芸を汚せなくなります。

で、宮崎といえば、宮崎駿氏でしょう。彼の息子は、父親が宮崎駿氏だった点が不幸かと。でも、ゲド戦記は難しいからねえ。

宮崎勤というのもいたけど、これは論外。

さて、話を戻して宮崎県。いかに畜産が大変かを知らしめました。気候が良いので観光には良いと聞きます。読売巨人軍のキャンプ地として有名ですが、昔はハネムーンの人気スポットでした。(年齢不詳だぞ、ミニチ)

ハネムーンですから、スルでしょうね。多分、生で中だし。生とか中だしとかはともかくとしてアレをしないハネムーンは無いと思います。

手っ取り早く近場のホテルに籠ってひたすらに貪り続けるのも同じだとは思います。その為の旅行ですから移動時間が勿体ないと思います。

暴言でしょうか、これ?

もっとも、こんな話を持ち出す勇気はありません。でも、大方の男性には賛成して頂けるとは思いますが。



さて、皆さんはハネムーンで何発されましたか?




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Author:ミニチ
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