FC2ブログ

指輪物語 <下>

「ねえ、どうしたのよ」
菜津に揺り動かされた。今度は手だけなく僕の体全体を揺さぶってきた。たった数秒間、立ち止まったままだけなのに長い年月が過ぎているかのように思えた。気の遠くなるような年月が過ぎ去ったように思えた。時間というものは長いのか短いのか分からない。カレンダーや時計といった道具は有るが上手く使えたことがない。本当の時間の長さを測る方法だなんて一体どこにあるのだろう。

「お願いだから返事して頂戴」
菜津が叫んだ。涙声で叫んでいた。とても激しい口調だった。まるで僕がゆくことを拒むような口調だった。そうだ、この拒み方は恭子に似ている。拒むときは絶対に拒むのだ。母親譲りだと思った。菜津の顔立ちは僕にそっくりだが彼女の内面は恭子に似たのかもしれない。

やめて頂戴と僕を責め罵る声を鮮明に思いだした。37歳の恭子が最後に言ったのは、
「やめて頂戴」
という言葉だった。今は菜津が同じ事を叫んでいる。当時と事情は異なるが同じ科白を母に似せて叫んでいる。菜津が意識して真似しているとは思えない。きっと、恭子がここにいれば同じことを言うかもしれない。それはちょっとした願望と呼んだ方が適切だろう。娘と同じ意味合いを持ってそう言ってくれるような気がした。

「ねえ、独りにしないで」
ゆっくりと重い瞼を開けると菜津が泣き叫んでいた。菜津の新郎もお義父さん、お義父さんと声を大きくしていた。この男は誰だ。どこぞの馬の骨に父親呼ばわりされていることが分からなかった。僕は幼い菜津と手をつないで雲を見ていたのだ。何故、こんな男が現れるのだろう。

「何か言って」
菜津の泣き顔に幾多の涙が溢れ、止まる様子を見せなかった。いつの間にかに大人になってしまった菜津。そうだ、君は大人の女になったのだ、菜津。今は冬だというのに夏のような錯覚すらある。ナツという名が僕の季節をどうにかしていた。何本かの管がつなげられた腕を動かして菜津の手を探った。そして、唇を動かしてみた。

ゆっくり、ゆっくりと唇を動かしてみた。

「きょうこ」

最後の一言になったらしい。僕は眠りにつくことにした。明日からもう起きなくてもいい。







終わり




スポンサーサイト
[PR]

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ミニチ

Author:ミニチ
アホが感染してもしりません。

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログランキング

FC2ブログランキング

検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: