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インドとパキスタン

非常に難しい題名をつけて後悔しています。もう遅いのですが。

誰かがインドとパキスタンの紛争は絶対になくならないと書かれていました。一神教(パキスタン)は多神教(インド)を許容しないからだという趣旨でした。一瞬、なるほどとは思いました。

絶対神への服従という感覚は多神教にはないものですし、いわんや日本のように八百万の神々がいるという発想は一神教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)からは理解されないでしょう。キリスト教の言う旧約聖書はキリスト教、イスラム教、ユダヤ教に共通していますから寧ろ彼ら同士のほうが近い感覚があるでしょう。

ヒンズー教(多神教)のインドとイスラム教(一神教)のパイスタンが折り合いをつけられるとは思えません。実際、バングラディシュ(イスラム教)もインドから分離独立しました。言い換えると、インドはイスラム教国に挟まれています。

もっとも、インドはヒンズー教が多数派であるというだけであり、仏教もイスラム教も内包しています。インドだなんて一言でくくれる国ではありません。ガンジーが素晴らしいのは、そのような難しい場所をまとめあげたからです。それも非暴力運動を通じました。

さて、一神教と多神教は本当に相容れないのでしょうか。多神教が一神教に飲み込まれることはあるように思えます。欧州の歴史を眺めているとそう感じます。北欧、英国、独国が良い例でしょうか。何故、キリスト教圏になったのでしょうか。ハロウィンは分かりやすいと思います。

片方が相手を飲み込むのではなく歩みよる。

何があれば、そうなれるのでしょうか。それが分からないと日本の孤立は深まるか飲み込まれるかのいづれかになるのではないでしょうか。






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コメント

私見です

ミニチさん、日本は宗教を教学と位置づけ、外来仏教として、隋・唐から引用し、従来の古代神道の中で、高貴な方の間に広まっていたと考えます(貴族仏教)。
親鸞以降の民衆仏教までは、貴族仏教で有ったように思われますが、これは時の仏教者が公布の為、時の権力者に近づいて行った歴史があります。
また島国の日本には、他民族からの武力・信仰による強制は無かったと考えます。元寇はありましたが、太平洋戦争の敗戦までは、本格的な我依頼権力者の支配は無かったことも、影響しています。
キリスト教も、時の為政者によって、上手にコントロールされたような気がします。

結局は、日本人の先祖信仰が、多神教とも思える考え方を、年中行事の中で受け入れていった素地となったと、私は考えます。
逆にそれが、欧米・イスラム圏の様な心のよりどころのない、現在の日本人の精神構造となり、欧米・イスラム諸国から見た、異質な国民性(自我の主張が強調され、公がおろそかにされる国民性)になったのではとも、考えます。
一神教の強さに対し、日本の島国構造が過去防御してきたのではと、考えます。

熱くなってすみません。こんなコメントの書くブログに少々興奮。

SUDATHUさんへ

コメント、ありがとうございます。

詳しい説を興味深く読ませて頂きました。

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