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ヨーロッパとイスラーム

内藤正典氏が岩波新書から出版されています。

近代ヨーロッパの文明は、7-8世紀にアラビア語に翻訳された古代ギリシャ文明を経て成り立つ経緯が書かれております。更に、現在のイスラム文明世界と西欧文明世界の間にある緊張は、彼の言によれば、「西欧世界が、自分たちの文明との交流によってこそ開花したという歴史を塗り換えてしまった」とあります。

欧州三カ国(独仏蘭)について、イスラム社会が各国でどう成り立っているのかが緻密に書かれております。

まずは、ドイツですが、イスラム教徒の移民(特にトルコ人)に対して、統合を求めます。ドイツ語を習得し、ドイツ社会にしかるべき位置を占めていくことを要求します。その要求の中身は、同化なのですが、ナチズムを徹底的に否定する立場上、同化という言葉は使えないとなっています。結果的には、イスラム教徒たちは一部のエリアに住み、彼らの言葉で生活するようになります。その事が尚更にドイツ社会からの隔離を生んでいます。

宗教上の理由から、女性は髪を隠す習慣があります。ドイツ政府は公立校でのスカーフを既に禁じています。数年前にフランス政府は公立校でのスカーフ着用を禁止しておりますが、実はドイツが先に行っていました。

同書によれば、イスラムの戒律は個人の行動規範から政治に至るまで及んでおり、政教分離という発想に欠けている点を指摘しております。更に、重要な点は、戒律をどこまで守るかが個人レベルで判断されていることです。

スカーフで何故に髪を隠さないといけないかという話について、著者はスカーフを巻く前に頭部を布で覆うことを指摘しております。頭部の下着を身につけた上でスカーフを被っていることになります。何故、頭部の下着なのでしょうか。それは、イスラム教徒に示された隠すべき箇所は覆いなさいという教えに立脚しているようです。

つまりは、頭部に布を付けスカーフで髪を隠すことは、パンツを穿いてズボンを穿くことと同様の意味を持つことになります。スカーフの着用禁止は、イスラム教徒の女性に対しては、政府がセクハラを行うことと同等だと考えられます。政府は個人の自由を尊重する為には男尊女卑の習慣を規制すべきだという発想に基づいていますが、文化に根付いた羞恥心を考慮していなかったと言えるのではないでしょうか。

カソリックの修道女のベールは許容するが、イスラム教徒のスカーフは禁じるという態度がダブルスタンダードであると気づいていないとも言えます。

余談ですが、全てのイスラム教徒の女性がスカーフを巻いているわけではありません。パーレビ王朝時代のイランでは長い髪をなびかせて女性達が街を闊歩しましたし、エイジプトでも同様の風潮が生じたことがありました。イランは革命により、髪を隠す事が義務付けられました。エジプトは若い世代から髪を隠す風潮に回帰していきました。これは自主的な行為である点は見逃せません。

フランスでも、イスラム教徒の移民は問題視されております。先に述べたように、スカーフは公立校では禁止されています。彼女たちが隠したいから隠すというのです。南仏のヌードビーチが合法で、スカーフで髪を隠すことが不法というのは妙な話です。

以下、同書から引用いたします。

フランスの掲げる「自由・平等・博愛」の最後にあたる「博愛」が、どうも日本語のニュアンスとは噛み合わないことを指摘せざるをえない。<中略>同じ集団のメンバー相互の同胞愛ないし兄弟愛のようなものであって、仲間どうしをあいしてあげるという意味である。そこには、仲間になることを嫌がる人間まで愛しましょうという発想はない。

これは、ドイツ同様にフランス語を取得し、国籍を同じくする者を示しています。フランフ語を話し、フランスの教育を受ければフランス人になれます。事実、サルコジ大統領はハンガリー移民二世です。

移民たちが郊外の住宅街に集中しており、移民問題が郊外問題と称されて問題視されているようです。蛇足ですが、パリの何区かが中華街となり、警察さえも足を踏み込めないそうです。さもありなんと思いますが、聞いた話なので真偽の程は定かではありません。

尚、フランスでは、イスラム教徒女性の間ではスカーフを個人の羞恥心の問題として捉えるグループと女性抑圧のシンボルだから禁じるべきであるとするグループが存在しており、問題は根深いものとなっております。

同書は後半にて、イスラム教徒のテロが生じる原因として、宗教の組織を持たず、個人の信仰が始めにありきであるが故に、イスラム教徒に対する不公正を個人の信仰の問題と行動の問題へつなげやすい為、原理主義者がつけ込む隙を与えていることを指摘しています。更に、イスラム教が宗教上の組織を持たない為に縦のつながりは生じることはなく、横のつながりを生む点も指摘しています。各国に潜む原理主義者(テロリスト)はピラミッド型の組織ではなく、グループが点在しており、摘発や組織の壊滅を難しいものとさせているようです。

最後に、著者は西欧文明世界とイスラム文明世界の共存の可能性を探り、両者の歩み寄りに期待を寄せております。




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コメント

博愛

難しい事は私にはわかりませんが、日本人が鯨を食す事が他国では理解されないように
文化や環境、宗教の違い等により
それぞれの国民(民族)の常識が他では非常識になったり、そして、その反対であったりしますよね。

ヨーロッパは移民が多いので、また日本とは事情が違うと思いますが

『皆、仲良くなればいいのに~(←小学生?)』
だって皆、おんなじ人間なんですから(*^^*)

私もイスラム圏に生まれていたら
『街角露出』などはしなかったのでしょうか(笑)?
バカですみません。

麗子さんへ

コメント、ありがとうございます。

仏語の言う「博愛」は「同胞愛」であり、他者が排除されるのは当然という考え方ですね。

韓国も顕著に現れています。「朝鮮族」で固まりながらも、「韓国人」というくくりで固まり(故に韓国代表を辞退したJリーガーが出現したり、巨人の新浦投手が韓国で拒絶されたりする。)、「出身地域」でかたまり政治に影響が出たりします。純化を常に求める点が弱点になっています。

日本は島国故に他者との遭遇が極めて限られてきた経緯があります。他者に対する感覚は他国と比較するとあまり違いがないかもしれません。難民を如何にして排除するかに苦心しており、大多数の日本人はそれを無意識に支持しているように思えてなりません。(日本人の博愛精神は仏国のそれとかなり違いますが、現象面では同じでしょう。長くなりますので、割愛させて頂きます。)

今日の記事にはコメントがつかないと思っていました。ありがとうございました。


No title

そんな話
聞いたことがあります

メイ0707さんへ

コメント、ありがとうございます。

アラブは難解です。

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